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「大屋敷さん、先日はありがとうございました」
「こちらこそ、蓮も楽しかったって言ってたよ。蓮、佳人くんにメールし過ぎてない? まだ熱が冷めないみたいだから、迷惑になってたら言ってね」
「そんな、佳人も久しぶりにメールのやりとりする友達ができて嬉しそうでした」
「よかった。じゃあお疲れ様」と大屋敷は一足先にオフィスを出て行った。東もデスクを片付けて、席を立つ。
季節は巡り、佳人と再会してから2度目の春がやって来た。
佳人はリハビリに取り組み続け、ちょうど1ヶ月前に蓮太郎と連絡先を交換した。遊園地に行ってから半年が経っており、周りから見ると「ようやくか」と言われそうだが、佳人としては大きな一歩だったと思う。SNSで繋がると、相手との距離が途端に近くなる。そんな環境を避けていた佳人が勇気を出した時、蓮太郎は涙目で喜んでくれた。それからは毎日のように連絡を取り合い、頻繁に2人で出掛けていた。
(もし蓮太郎さんが大屋敷さん結婚してなかったら、俺は気が気じゃなかっただろうな)
仲の良い蓮太郎に若干やきもちを妬きつつ、佳人の前進を心から喜んだ。
そして佳人と東の関係も、ゆっくりだが確実に前に進んでいた。
半年前から、予定がない限り週末は一緒に過ごすようになった。佳人は土日も仕事があるので、東が佳人の家に泊まりに行き、佳人の帰りを待つ。
少しずつ、お互いの体を触り合えるようになった。まだ最後までする事はできないが、焦る気持ちはない。
今日は木曜日。本来なら週終わりまではまだ1日あるが、東は明日、休みを取っていた。それも、先月突然、「来月の第3金曜日、休みとれる?」と佳人に言われたからだった。
「取れる、と思うけど」
「じゃあ取って。んで前の日にうち来て。第3金曜、間違えるなよ」
何がある、とまでは言われなかった。何かの記念日でもない。なんの心当たりもなかったが、佳人がこういう事を言ってっくる事は初めてだったので、何も聞かずに休みを取った。その第3金曜が明日だった。
『仕事終わったから、今から行く』
そうメールを打ったものの、返事がない。既読はついているので、何かあったわけでもなさそうだ。それに元々佳人はマメな方でもない。
電車を乗継ぎ、1時間。すっかり見慣れた駅で降り、すっかり覚えた道を歩いた。途中、佳人が気に入っているケーキ屋で、佳人の好きなチーズケーキを買った。
駅から15分歩いた所に佳人のアパートがある。二階建てで築30年らしいが、最近リフォームされたらしく見た目より中は綺麗だ。
剥き出しの階段を上がり、その角部屋の202号室の呼び鈴を押す。合鍵は持っているが、佳人が部屋にいる時は使わない。
しばらくしてドアが開いた。それと一緒に、中から薄く、甘い香りが漂ってくる。
「……おかえり」
「ただいま……、って佳人、顔赤いぞ。熱があるんじゃないか?」
中に入り、鍵を閉めて、佳人の額に手を当てる。やはり少し熱い。
「いつから? 咳とか、頭とか痛くないか?」
「かーちゃんかよ。平気だって」
「でも」
直後、佳人に抱きつかれてケーキの箱を落としそうになる。一瞬、熱で倒れたのかと思った。薄いTシャツ越しの体はやはり火照っていて、尚更心配になる。
「……気づかねえ?」
背中に回されていた手が、擦り上がって来て首に回される。耳元に顔を寄せられると、甘い香りが強くなって「まさか」と東は体を固くした。
「俺、明日から発情期なんだよ」
「は──」
「俺、もうお前と……で、できる、と思う」
「ま、待て、佳人」
体を捻り、佳人から離れる。部屋の奥の方まで行き、佳人の距離を取る。
予想もしなかった展開に頭が追いつかない。甘い香りはほとんどしないほど弱いが、確かにフェロモンの香りだ。なんでさっき気が付かなかった。だって佳人のフェロモンの匂いなんて、高校生の時から嗅いでないんだから──自分の中で意味のない言い訳をする。ようやく、佳人が発情期だった事に気づく。すっかり忘れていた。覚えてたら来なかった。
「東」
2メートル先に立った佳人がこちらを見る。顔は噴火しそうな程真っ赤だったが、その目は少しだけ怖がっている。
「明日から発情期だけど、まだ俺は発情してない。……やり直す為のは、正気のまましたい。それでもし今日できたら、明日……」
「明日」と佳人がもう一度、言う。拳を握りしめるのが見えた。
「明日、東と、番になりたい」
くらり、と目眩がした。真っ赤な顔は発情のせいじゃなくて、この言葉を言うのを恥ずかしがったからなのか、とか、隠し切れないくらいまだ怖いのに、自分を求めてくれた気持ちとか、番になりたいと言ってくれたこととか、とにかく色々なことに目眩がした。
東は持っていたバッグの中から、α用の抑制剤を取り出すと、それを飲み込んだ。佳人に視線をやると「俺はもう飲んだから」と首を振る。
佳人がゆっくり歩いて来た。今度は自分からその体を抱きしめる。短い前髪から露出した丸い額に口付け、それに反応して佳人が顔を上げた隙に、唇にキスをする。
何度か短いキスをして、佳人と一緒に部屋にキッチンからベッドに移動した。佳人をベッドに押し倒すと、またキスをした。
*
「怖くなったら、言って」
東に優しい声で言われて、佳人は素直に頷いた。
「う、ん」
「合言葉でも決める? 本当に嫌な時に言う言葉。じゃあ……本当に嫌な時は〝マッシュポテト〟って言って」
「はははっ、なにそれ」
まるで場違いなワードが飛び出して来て、佳人は思わず笑った。ぬぐい切れなかった不安が少し和らぐ。
「一年前に再会した時に行ったお店で、佳人が勧めてくれて美味しかったから」
「ああ、あそこの店のな! なつかし──んっ」
言葉を食べるみたいに、東のキスが降ってくる。今度は深く。舌で唇を突かれ、素直に口を開けると分厚い舌がぬるりと入ってきた。舌を吸い、歯列をなぞられ、腰が甘く痺れる。舌使いに翻弄されている内に、Tシャツの隙間から入ってきた手に脇腹を撫でられ、びくびくと体が震えた。体を愛撫しながらTシャツを脱がされる。
東に乳首を摘まれ、思わず声が漏れた。声を出した時にできた唇の隙間から、つーっと涎が伝った。
「気持ちいい? 大丈夫?」
「う、ん、うん、あっ」
東の手つきは優しすぎるぐらいだ。でも今日は少しだけ荒い。いくら東でも余裕がないだと分かった。それでも出来る限り優しくしようとする東が愛しくて、泣きそうになる。
「あっ、東、んんんっ」
ずる、とズボンを下着ごと脱がされる時、すでに反応している性器と擦れて声が漏れた。性器を東の大きな手で握り込まれ、ゆっくりと擦られると、もう声を我慢できなかった。
「あっあっ、あずまぁ」
「気持ちいい?」
「んっ、ぅん、うん……っ」
必死に頷くと、東が「よかった」と笑う。
「指、入れるよ」
すでに濡れた感覚のする後孔に指が当てられて、ゆっくり入って来る。性器を擦られながらナカをいじられる快感に、目の前に火花が散る。
「ああっあっあっ」
すでにぐちゅぐちゅと水音がする。恥ずかしい。でも嬉しい。最初は不安と緊張で全く濡れなかった。指が入るまで、4ヶ月もかかった。今、こうして東の指を受け入れることができて、気持ちよくなれて嬉しい。
「かわいい、佳人」
「んああっあず、ま、もう、イッちゃうっ、だめっ」
「いいよ、イッて。いくらでも気持ちよくなって」
「やだっ、今日は、あっ、あずまとっあずまと一緒がいいっ」
「っ、佳人」
「おねがい、はやく、だいじょうぶだから」
「おねがい」ともう一度言うと、東はズボンを脱いでゴムを付けて、足の間に体を入れ込んでくる。
「あっ……」
後ろに、熱いものが当たるのが分かった。
少しだけ、また不安が大きくなって来る。呼吸が浅くなって来る。
怖い、大丈夫、怖い、大丈夫、怖い、怖い──
「佳人、平気?」
その声に佳人は顔を上げた。優しい目をした東が、大きな手で佳人の頬を撫でる。その指先が「愛してる」と言っている。
(そうだ、俺の目の前にいるのは東だ。だから大丈夫)
佳人は掌に頬をすり寄らせた。そうすると、不安が小さくなっていく。
「平気。俺にはマッシュポテトがあるから」
自分でも何かズレてるなと思ったが、東はふふっと笑った。「そうだな」と頷く。
「入れるよ。手、握ってて」
「ん……」
両手の手を繋いで、指を絡ませた。
ぐっと後孔に押し付けられたモノが中に押し入ってくる。指の比じゃないくらいの質量を持ったそれが、ぞりぞりとナカを下から擦り上げて来る。
「あああああ──……っ」
奥まで入ってきて、ピタリと止まる。
(はいった、)
不安も、緊張も、嫌悪感も、そこにはない。あるのはただ──……
その時、ぽた、と降って来た何かが頬の上で弾けた。見上げると、東の目からポロポロと大きな雫が落ちてくる。
「どうした東──」
「愛してる」
涙を流しながら、嗚咽しながら、東はただ一言そう言った。
「佳人を、ずっといつまでも、誰よりも愛してる」
瞬間、佳人の中でも何かが溢れて、同じように涙となって流れた。
「俺も、愛してる」
そう言って笑うと、東も下手くそに笑った。涙の代わりに今度は短いキスが降ってくる。
「……動くよ」
東がゆっくりと動く。敏感になったナカはそれだけで、びっくりするくらい快感を拾った。次第に動きが大きくなってくると、もうなにも考えられずに喘いだ。
「あっあっあんっあ」
「佳人……っ、俺の名前を呼んで」
「あっ、りゅうたっ、んんっ」
「かわいい…っ」
「あああっ」
腸壁を擦り上げられ、奥の奥を突かれると、電気が体に走ったみたいに感じる。自分の声、恥ずかしい。だらしない水音、恥ずかしい。でも我慢できない。
「あんっあうっりゅう、たぁ、イク…っはあっ、きちゃうっ」
「おれも、……っ」
「りゅうたっひああっ、イク、イクイクっあああああっ」
「佳人……っ」
ぐっと、今までで一番深いところに東が押し入ってくる。気を失いそうなほど強い快感が押し寄せてきて、佳人は叫びながら達していた。目の前が真っ白になり、何も見えなくなるのが怖くて、佳人は必死で東に抱き付いた。ぎゅうっとキツく中が締まったのが自分でも分かり、ナカで東のモノがびくびくと痙攣する。
「はっ、はあ、はあ」
手足の感覚がなくなったみたいだ。指の一本も動かせる気がしない。体の感覚がなくなってしまったみたいで、頭の中もふわふわした。
「んっ」
東が佳人のナカから出て行く。それがなぜだか寂しくて、佳人は東に抱き付いてキスをする。
「もっと大変な思いするかと思ったけど、平気だったな」
「……そうだね」
「また泣いてんのか」
「いいだろ。だってこれは、幸せ泣きだから」
そう言って東はズッと、鼻を啜った。泣き虫な恋人が愛しくて、たまらずにまたキスをして、強く抱き締める。
呆気なかった。一年前はキスするだけで吐いたり、近くにいるだけで嫌だった時もあったのに、最後はこんなにもあっさり出来た。
でも今のこのゼロ距離は、キスは、涙は、紛れもない奇跡だと、そう思う。
胸が苦しくなって涙が出るほど、尊い奇跡だと、そう思う。
「愛してる」
ボロボロと泣きながらそう告げる東に、佳人は笑いながら何度もキスをした。
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