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第4 跳び族の長子の定め 4
微かな声が聞こえていた。顰められた声音は2人、いやきっと3人だろう。
逃げ足で有名な跳び族だが、兎を祖として持つのだ。意識を向ければ扉を隔てた程度の囁き声など、容易く拾う耳も持っている。
「お止め下さい、ギガイ様の言葉をお忘れですか!?ギガイ様のご不興を買いますよ!!」
「何を言っている、あの孕み族とも言われる跳び族だぞ。どこぞの種を抱えているかもしれないではないか」
「そうです、これはギガイ様、ひいては我々黒族を守るためのものなのです」
「だからと言って!!」
扉の向こうに居る人物達を見定めるように、レフラは開かない木製の戸をその装飾の細部まで見つめた。実用性のみが重視され、簡素な飾りさえなかったレフラの故郷の扉と比べ、至る所に細かい彫り細工が施された、重厚感のある扉だった。
日々を生きる事に精一杯の跳び族と、容易く生き抜き、戯れる日々を持てる黒族。
その扉の向こうにある黒族の過ごす自由と、この内に閉じ込められ、戸に手をかける事さえ許されない跳び族の自分。それが両族の立場の象徴のようなものなのだろう。
そもそも嫁ぐといってもあまりに種族間の力の差がありすぎるのだ。そんな婚姻関係が決して対等なものになるはずはない。
いくら獣であった時代から、獣人として進化を遂げたとしても、弱肉強食はこの世界の理 だった。その絶対的な理の中では、弱者に許される道は強者へ付き従うか逆らって死ぬのみなのだから。
だからこそ、奥歯を噛み締めて、レフラは『孕み族』という言葉への憤りを飲み込むしかなかった。
しょせんは黒族にとって跳び族はそういう対象なのだろう。どんなに憤ったところで黒族の族長であるギガイとレフラの関係は、婚姻という名の下に結ばれる隷属関係でしかない。そんな中で受ける仕打ちを思えば不安以上に、悔しさの方が募っていく。
またそんな種族の主であるギガイの噂もレフラの耳には色々と入っていた。もしも気に入らない者ならば、例え幼い者だったとしても即座に手をかけるような暴君で、逆らう者は残虐にも四肢を裂いて切り捨てるような冷酷無慈悲な長らしい。様々な種族の間で囁かれるそんな噂をレフラが耳にしたのも一度や二度ではなかったのだ。
そしてその都度に、皆が口をそろえて言うのだった。
お前は御饌 なのだから、忘れるなと。
決して逆らわなければ良いのだと。
そしてただただ子を成して、跳び族の安泰を守ってくれと。
まるで呪詛のような言葉を幾千、幾万と告げていた、家族や村人の顔を覚えていた。
その役が決して自分へ降って来ないよう、祈る姉妹の顔を覚えていた。
御饌 として、レフラを贄に差し出す事を躊躇わない、そんな一族の弱さを知っていた。
最弱種族で選ぶ道など他にないのだ、とそう言って、自分以外の誰かの犠牲に縋ってしまう。
そんな弱さを抱えた一族なのだと分かっていた。それでも守ると決めた一族なのだから。
(さっさと孕んで、私の自由を取り返してみせましょう)
その為にも何があっても耐えてみせると唇を噛んだ。
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