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第3 跳び族の長子の定め 3

ガタン、と大きく揺れた馬車にレフラの意識が浮上する。 幼い頃の夢を見た。それを懐かしいと言うには、あまりに残酷な夢だった。 悠長に寝ていられるような状況でもなかったのに、束の間でも眠りに落ちていた事に少し驚いて、レフラはあぁ、と独り言ちた。 夢は記憶の整理だと言う。このタイミングであの時の夢を見たのも、結局その為だったのだろう。 整理をして、認識をして、改めて覚悟を自分自身へ促して。きっと今でも無意識に、逃げ出したいと思う自分に悟らせる必要があったのだ。自分が背負っているものを。 「私は私の役目を果たさなくては……」 そうでなければ居場所さえもどこにも無い。ほんの数日前に発ったはずの故郷さえ、もう二度と受け入れてはもらえない場所なのだから。 レフラは唇を噛み締めて、幾重に重ねられた柔らかな布を胸元で強く握りしめた。 今日の婚姻の儀の為に、黒族から潤沢な支度金や宝玉や様々な珍しい布が送られてきたのだと聞いていた。歴代の中でも群を抜くその貢ぎ物に村全体が浮き足立っているようだった。その中でレフラの婚姻衣装として、跳び族が準備したのが最上の布をふんだんに使ったこの衣装だったのだ。 元々容姿が整っているレフラに粉をはたいて形の良い唇へ朱を差せば、美しくの細い身体を上手く包んだその衣装は、レフラの中性的な様を引き立たせて、神聖なもののようにさえ感じさせた。実際に纏う衣装に相応しいレフラの姿に、迎えにきた黒族の者も呆けたように見惚れていた。 だがこの衣装の真の目的がそのように着飾る事ではない事を、跳び族の一部の者達は知っていた。 身体のラインを隠すように幾重に重なる布を見つめて、レフラは祈るように目を閉じる。 ちゃんと役目は果たせるのだ。 だからこの布の下の秘密を、どうにか今夜の初夜まで守らなくてはいけないのだ。 握る掌にじんわりとした汗をかく。衣に焚きつけられた香りなのか、その途端微かに漂った花の香がレフラの周りに纏わり付いた。 レフラを起こしたあの揺れは、馬車が止まった振動だったのだろう。 ずっと感じていた揺れも止み、外から聞こえていた自然の音も、市場の声ももう今では聞こえてこない。そうなれば、あと少しでこの閉ざされたままだった戸も開くのだろう。 レフラを迎えに来た時から、戸の上に設えられた外を覗う小窓さえ、布を引かれて塞がれている。馬車の戸はおろかその布さえも、レフラが触れる事は許されていなかった。 戸の向こうはもう、黒族の領土であるはずなのだ。 未だに開かないその戸をジッと見つめ続けながら、レフラは周りの音へも意識を向けた。

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