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第11 唯一無二の御饌 1

遠くから鳥の鳴く声が聞こえていた。 青く晴れた空には陽の強さを和らげるような雲が浮かび、心地良い影を地面へと落としていた。 「良い日和だな」 地に移った影を追いかけ視線を空へ向けたギガイの口から、思わず言葉が零れ出た。自分自身でも柄でもない、と思うような声音だったと思う。それは傍で仕えている者達にとっても思うところだったようで、主席近衛官として常に傍に居るリュクトワスが唖然とした様子でギガイの顔を見つめていた。 「何だ」 「あっ、いえ、何でもございません」 明らかに嘘と分かる上擦った声に、やはりらしくなかったかと気まずくなる。だがどうしても気持ちが浮ついてしまうのだ。 「雨が降ればせっかく誂えただろう、衣装が汚れてしまうからな」 今日は跳び族から自分だけの御饌(みけ)が嫁いで来る日なのだ。唯一無二のレフラという名の自分の御饌(みけ)。それを歓迎するような、晴れた穏やかな陽の光に目を細めた。 遠い故郷を一人離れて慣れない場所へ来るのだから、募る不安もあるだろう。そんな中で迎える始まりの日なのだから、雨で陰鬱とした日と成るよりは、今日のように穏やかな陽が好ましい。それに加えてこの光は、ここから離れた黒族の主要地を、白く輝かせているはずなのだ。 長旅で体調を損ねていないかの確認は、主席医癒官へ行うよう伝えてあるが、心の面はムリだろう。 だからこそ、少しでもその美しい光景が、旅の疲れを癒していれば良いと思う。 そんな白く映える地に降り立ったレフラの姿を思えば、ギガイの胸の辺りが熱くなる。 ずっと、ずっと待っていた。自分だけの傍に在る、唯一無二の存在を。この孤独を癒やせる存在を。 この世に存在する七種族の頂点の種族で、さらに首領として存在するには、孤高で在るように育てられた。 幼少期から膨大な知識を叩き込み、実践で学べと様々な戦いに明け暮れた。死にかけた事さえ何度かあった。 憎まれているのでは、とすら思う族長の父に。めったに会う事さえできない母。 そして、飛び抜けて能力が高かったことが影響して、畏怖とも恐怖とも分からない感情で、ギガイは周囲からもさらに一線を引かれていて。何度目かの死の淵から戻った時には、心がひどく疲れていた。 痛みと死の覚悟を繰り返して、何を守れと言われているのか分からない。そんな孤独の中で、守るモノが見えなかった。 『大丈夫。お前だけの御饌(みけ)が居るよ。お前だけを愛してくれて、癒してくれるそんな番だ。だからお前はその子の為にも強くあるよう努めなさい。正しく力を振るえるような、そんな者に成りなさい』 手を握られ告げられた母の言葉に唖然とした。そして穏やかに笑う母を見て、自分の御饌(みけ)を手に入れた父が、何よりもうらやましかったのだ。

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