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第31 自由を求めた代償 2
考え込んでいて、周りへの注意は疎かだったと思う。それでも跳び族である自分が、ここまで近付かれるまで全く気付かなかった事にレフラは唖然とギガイを見上げた。
「ギガイ様……」
告げるつもりはなかったのだ。それなのに意図せずに聞かれてしまった事に焦りを感じる。何か弁明しなくては、そう思いながらも告げる言葉を持たないレフラは無駄に口を開閉するしかなかった。
「自由とは、どういう意味だと聞いている」
近付いてくるギガイの威圧感に圧されて、視線を外す事ができない。
何も言えないまま、寝台の上で呆然と見上げるレフラの頬にギガイの掌が当てられた。
冷たい視線と声に反して、答えを促すように唇を優しくなぞる指先が怖かった。
初めに甚振られた時だって、この手は決して乱暴にレフラの身体を扱ったわけではない。むしろ優しく添えられたような手で全ての抵抗を塞いで翻弄されたのだ。だが。
「逃走でも試みるつもりか?」
その言葉に、それだけは違うとレフラは慌てて首を振った。
「違います。そんな御饌としての務めから逃げ出す事は致しません!」
不要な一言で不興を買って、弁明さえさせてもらえないまま嬲られた記憶は新しい。
(このままでは、また…)
その記憶がレフラを怯えさせながらも、逆に決意を促した。
何も伝えきれない状況よりは、せめて真意を聞いて欲しい。心を決めて、震えている指を握り込む。ただ重なり合うだけだったギガイの目を、レフラが意思を持って真っ直ぐに見つめ直した。
「務め……」
絡み合った視線の中、ギガイの目が不快に細められる。
「はい、御饌として嫁いで参ったのです。子を成す事こそが私がここに居る意味。そして子を成せた後はその意味さえございません」
産んだ瞬間から子は御饌からは引き離されると知っている。次期族長の候補として、黒族の者によって育てられながら、相応しい教育を受けるのだと聞いていた。
ろくに会う事も出来ず、母として果たせる役割もない。その上、黒族の中で跳び族のレフラが役に立てるような事だって、何もないはずなのだから。
子を成すためにだけ求められた自分の存在が、ただのお荷物でしかない存在へと成るのだ。そんな惨めな生を受け入れる事はできなかった。
「ですから、その折りには、私がこの地を去る事をお許し頂ければと存じます」
御饌でもなく、お荷物なんかでもなく。ただのレフラとして、遠くから我が子の身を案じる一人の親と成れれば良い。
「……」
何も言わないギガイから怒りに近い雰囲気を感じながらも、レフラは言葉を止めなかった。
「務めも果たさずに逃げ出すような事は致しません」
両族の為に、務めは全うさせるはずだ。その後は、自分が自分として生きる事が生涯叶わないのなら、殺されたって構わない。そんな決意を持ってギガイへもう一度宣言する。
隷属を誓った者から不躾な願いは、どれだけこの残忍な長の不興を買っただろう。何も言わないギガイの表情が一瞬歪み。
「そこまで言うならば、お前はせいぜい務めに励めば良い」
ギガイの腕がレフラの身体を押し倒した。
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