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第30 自由を求めた代償 1
身体を包む温もりを感じる。暖かくて、心地よくて。ゆらゆらと揺れる感覚が、幼い頃の抱擁を思い出させてレフラの感情を揺さぶった。
御饌に定められたこの身体と熱を分け合う者はいない。家族の中であるような当たり前の抱擁さえも、レフラだけは存在しなかった。
人で溢れたあの村では兄弟、姉妹は一つの部屋で寄り添うように眠りにつく。いつも誰かの体温がそばにあるのが当たり前な環境だった。でも御饌として存在する自分だけは違っていた。
万が一にでも誤りが起きないように、誰かの体温を感じる距離などは禁止されていた。
あれだけの人の中でいつだって、レフラは一人でしかなかったのだ。
兄弟、姉妹が羨ましかった。寒さの中で、一緒に暖まりたいと言いたかった。一人は寂しいと叫びたかった。
そっと柔らかな場所に身体が下ろされる。包み込むような感触と引きかえに、心地よかった温もりがスッと遠ざかる。
行かないで。一人は寂しい。一人は寒い。
感情が幼い頃に引き戻されて、不安に何だか泣きたかった。
水の中で抗うような感覚が身体を包んでいた。引き留める為の声を出すことも、腕を伸ばす事もダメだった。何もできない内に温もりと一緒に誰かの気配が去っていき、レフラの心が失意に染まった。
「ーーーッ!」
覚醒は突然だった。何か夢を見ていたのかもしれない。泣きすぎてヒリつく眦を、涙が再び濡らしていた。
(夢の中ぐらい幸せを感じられれば良かったのに……)
夢の残滓として感じる悲しみを、涙と一緒に拭い去る。
寝台に寝かされているのだろう。背中に感じる柔らかな感触と、視界に映り込む天井。採光窓の形が違うその場所は、忌まわしいあの部屋とは違う部屋のようだった。
そっと身体を起こしてみる。慣れない行為に四肢が強ばっていたのか、イかされ続けた身体はとても怠かった。痛む箇所を確認するように身体を伸ばして捻ってみれば、筋肉を酷使した時のような痛みがあちらこちらに鈍く走る。だが、そこで感じる痛みにレフラは表情を曇らせた。
(なぜ、肝心な後ろの方に痛みが残っていないのだろう…)
なぜ、と思いながらも本当は結論など解りきっている事だった。ギガイ自身が言っていたのだ。未通のモノにはつらいはずだ、と。それなのに挿入されたはずの身体が、こんな痛みですむはずがない。
(恥ずかしさを耐えて誘うようなマネまでしたのに…)
それでも抱く気には、なれなかったという事なのだろう。レフラが耐えるように唇を噛んだ。
嫁ぐ事を許してはもらえたが、歪な身体だという事はレフラ自身が誰よりもよく分かっている。気が進まない事だってあるはずだ。
(だけど、それでは子が成せない…)
その使命を果たす為に、あんな種まで身体に受け入れ、胎を暴かれたはずだった。その後の行為の恥ずかしさも、苦しさも、全てその為に耐えていた事だった。それなのに。
「こんな行為に意味はない…子さえ成せれば自由になれるかもしれないのに…」
夢を見て居られるからこそ耐えきれる事も、可能性がなければ辛いだけなのだ。
「自由、なんの事だ?」
沈みかけた思考が、不意に聞こえた声音に引き戻される。弾けたように向けた視線の先には、冷酷な目でレフラを見据えたギガイが居た。
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