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第29 黒族長の定め 4
「それでは三日後に会える事を楽しみにしているぞ」
ギガイの言葉を合図に取り囲んでいた近衛達が二人の身体を引き立てた。
「お待ち下さいギガイ様!!お話をーー!!」
「わ、私は何もしていません!御饌様にも指一つ触れてはーーー!!」
取り囲んでいた人垣が割れて、その間を顔色を変えずにリュクトワスが進んで行く。
必死に訴える声が遠ざかり、それと共に微かなざわめきが耳に届いてきた。
「意見がある者は言うが良い」
だがその声に応える者は誰も居なかった。
静まりかえった外の間を、ギガイの鋭い視線が見渡していく。慌てたように下を向く視線は、エクストルの二の舞を恐れた振る舞いだと分かっている。
これで良い。ギガイはスッと目を細めた。
ギガイは力で弾圧するつもりは微塵もない。だが、舵を取るべき者は一族に二人とは要らないのだから、力が無い者を同じ土俵に立たせはしない。ただそれだけの事だった。
レフラへ手を出したエクストルをこの場まで生き延びさせたのも、この事を知らしめるためでしかない。
ギガイの在り方を受容し従う者達に関しては黒族長として庇護を与え、反する者なら排除する。エクストルはその見せしめだった。
「同じような者が現れない事を願っている」
現れたとすれば、その者が辿る結末はもう分かりきっているはずだ。
言外にそんな脅しを匂わせながら、ギガイが壇上で立ち上がり、最後にもう一度周りの民を見渡した。
刃向かいたければ刃向かえば良い。ただし、その力を持つならば、だ。
ギガイの在り方へ反感を抱くなら、排除される前にギガイ自身を打ち倒す必要があるだろう。もしも力を凌ぐ者が現れて仮にその時を迎えたとしたなら、ギガイもそれを粛々と受け入れると決めている。
(私もかつてした事だ)
前族長だった父に対して。
覚悟や力を伴わない言葉は妄言となり、行動は妄動と成り果てる。力が伴って初めて誠になる事を、経験として知っている。
(妄言や妄動で今回のような事を繰り返すわけにはいかないからな)
運び込んだ宮の寝台へ置いてきたレフラを思いだす。
酷く疲れ果てた様子だった。今日はもう目覚める事はないかもしれないが、もしも今、目を覚まして一人で泣いていたら、と思うと心が波立つ。
追い詰めた行為を思えば、目覚めたレフラがギガイの傍で穏やかな癒やしを得るとは思わない。それでも一人にさせる事も、ようやく手に入れた御饌の傍に居られない事も受け入れきれない事なのだ。
起きた後に向けられる表情は、どのようなものだろうか。
今すぐに傍に戻りたい。早く言葉を交わしたい。そんな想いで気が逸る。同時に、今はまだ眠っていて欲しいと、思わずにはいられなかった。
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