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第73 柔らかな夜 2
居たたまれなさに離れようとした身体を引き留められる。ろくに抵抗できないまま、レフラの身体がもう一度ギガイの腕の中に囲い込まれた。
「勝手に離れるな。お前には聞きたい事もあるからな」
「聞きたい事ですか?」
この主が自分に改まって何を聞こうというのだろうか。湧き上がった困惑に羞恥心が上書きされる。素直にギガイの腕の中へと戻りながら、レフラは小さく首をかしげた。
「さっきはどうした?」
「さっき?」
色々な事がありすぎたのだ。レフラにはギガイの言う『さっき』がいつを指しているのか分からない。確認するようにギガイの方へと向き直る。
濡れた髪を後へ撫で付け、いつもよりも血色の増したギガイの目がレフラを真っ直ぐ見据えていた。どことなく漂う男の色香にレフラが思わず唾を飲んだ。
だが、さっきまであった甘さを感じる雰囲気はなく、ギガイの口元からもいつの間にか柔らかな笑みが消えている。ただいつもよりも和らいだ眼光はさっき見た琥珀色を湛えたままだった。どこか包み込むような光りだった。
「日中の様子からは気が付かなかったが、独りが苦手なのか?」
思わぬ質問にレフラの胃の辺りがギュッと縮こまる。何と応えれば良いか分からずにレフラは視線を彷徨わせた。
「そんな事はありません…」
浴室に響く声は自分でも嘘臭く感じるような音だった。ギガイも全く信じていないのだろう。スッと見据える目が細くなる。琥珀の色が失われていく目を見ているのは、正直なところ辛かった。レフラは耐えるように目を伏せた。
「なぜ嘘を吐く?」
(だって知られたくない……)
絶望感を伴うような孤独の理由が、一族の中で仲間とさえ認められず供物でしかない日々からだと。そんな過去を知られたくないのだ。
だって今だけでも、優しさを与えてくれる相手なのだ。そんな相手に、隷属でしかないこの身体がさらに供物でしかなかったのだと、蔑まれてもおかしくない事実を知られてしまう事はとても辛い。
「…嘘を吐いているつもりはございません……」
「ほう。先にも言ったはずだが。素直に告げないならば、次から考慮は要らないという事で良いな」
聞き覚えのある言葉を告げられ、レフラはブルッと身体を強ばらせた。暖かい湯の中に居るはずなのに、身体が芯から冷えていくような気がしてくる。
暗い暗い闇が広がる大きな口を開けた獣がレフラを飲み込もうと待ち構えている。幼い頃に夢に見た、そんな光景が脳裏を過った。
レフラの事は御饌として大切に世話をしてくれる村の中で、寄り添う相手は誰も居なくて。大勢の中で感じる孤独は、孤独の深さをより引き立たせる。特に身体の不調を抱えた時に感じた孤独感は、絶望感にさえ近かった。
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