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第78 跳び族での日々 3
「ほら、行くぞ」
サンジャスがレフラに呼びかける。スタスタと歩き出す背中。並ぶこともなければ振り返ることもない。信頼されてると言えば聞こえがいいが、そこまでの関心を持たれていない事をレフラはもう知っていた。
サクサクと落ち葉を踏みしめて歩く音だけが聞こえてくる。仰ぎ見れば大きく伸ばされた枝の間から、茜色に染まり始めた空が垣間見えていた。黄昏時はあまり好きじゃない。村が近づくにつれ、あちらこちらから1日の労をねぎらう声や夕餉の手伝いをするように外にいた子供達を呼び寄せる親の声などが聞こえていた。
皆が誰かの元に帰っていく。黄昏時はそんな時間だった。声がした方から目を背け、目の前の背中をじっと見つめる。俯きそうになる顔をひたすら真っ直ぐと上げていた。
「おいどうした?」
不意に聞こえたサンジャスの声に、無心に歩いていたレフラがはっとする。
(何かおかしな事をしてしまった?)
レフラとしてはいつも通り歩いていたつもりだった。「どうした?」と聞かれるような心当たりは全くなかった。
「サンジャーー」
「父さん!!」
レフラの呼びかけに重なる声。その声にはレフラも心当たりがあった。サンジャスの背中を真っ直ぐに見つめる位置から、一歩外側に立ち位置を変える。
ちょうど一直線に重なって見えていなかった複数の人影が、レフラの位置からも確認ができた。レフラと歳の近い村人が5人。見覚えのあるその姿は、サンジャスの息子達と次期族長と言われる腹違いの弟のイシュカだった。
「弓の練習をしていたら、あんなところに矢が引っかかっちゃって……」
「お前はまたか!!」
サンジャスが弓を持った子どもの首根っこを掴み上げた。
「ごめんって!!わざとじゃないんだよ!!」
「わざとやられてたまるか!矢は高いんだぞ!!」
「分かってるって!!だからイシュカを呼んだんじゃん!!イシュカだったら取れるかと思って!!」
枝の間から矢の位置を確認していたイシュカがサンジャスの方を振り返る。一瞬、後に居たレフラと視線が絡んだはずだが、その目はそこには誰もいなかった、とでも言うようにレフラの上を滑っていく。
「それでイシュカどうなんだ?取れそうなのか?」
「俺でもちょっとあの位置は難しいな。足掛かりに出来そうなのはあの細い枝だろうけど、体重を支えるには細すぎるしな。第一その枝まで辿り着くのも難しそうだ」
「そうかイシュカが無理なら仕方がないな…」
また金がかかる、とサンジャスが不機嫌そうに掴み上げていた子どもを睨んだ。レフラがその横をすり抜けて、イシュカと並ぶように木を見上げる。
「……なに?」
ここまできてようやくその目にレフラを映したイシュカが、訝しげな表情を向けてきた。
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