「レフラ！！」 背後から聞こえた声に、見つかってしまったとレフラは溜息を吐いた。案の定、血相を変えた村の世話役のサンジャスの姿がそこにはあった。 「何度言えば分かるんだ。お前は御饌なんだぞ！怪我をしたらどうする！それにお前にはこういう事は必要ないと教えているだろう」 悪意を持っての台詞じゃない。純粋にそう思っての吐かれた言葉だと分かるからこそ、レフラの心に刺さる。 直前まで剣を振るっていたレフラは「はぁ、はぁ」と肩で大きく息を吸って呼吸を整えていた。せっかく吐き出したはずの心の淀みが、一呼吸ごとに身体の中へ戻ってきているようだった。 「ほら、こっちへ剣を渡すんだ」 当たり前のように向けられた腕は、レフラが従うと疑っていないのだろう。飛び抜けて鍛え抜かれた腕ではなくても、大人の男の腕だった。サンジャスがそう成りたいと思って選んで得た男の身体。羨ましいと思いながらレフラが手に持った剣を大人しく渡した。 「まったくいい加減、御饌として自覚をしろ」 呆れの中に苛立ちを含んだ声で叱られて、何も言い返せずにレフラが下を俯いた。なかなか女性としての性徴が現れない事に、その事を知る事ができる一部の大人達が焦って苛立っている事を知っていた。 俯いた視線の中に入る自分の掌は、女性のように華奢だった。それでも服の下では少しずつ男としての性徴が現れ始めているのだから、その焦りや苛立ちも当然だとレフラもちゃんと分かっていた。 （女性としての胎がなかったら、そうなれば…） この状況から解放される事もあるんだろうか。一瞬そんな狡い考えが頭を過ってレフラは慌てて首を振った。だってそうなれば、黒族との約束を違える事になってしまうのだ。レフラだけの問題ではなくなってしまう。 （自分のわがままで一族を巻き込んで良いはずかないのに……） 頭ではハッキリとそうやって分かっている事も、結局は本心からは思えていないのだろう。こうやって身体の変化が起こるのも、結局は自分の狡い考えの証拠を見せつけているようなものなのだから。レフラはキュッと唇を噛んだ。 「あっ、そう言えば」 レフラの様子を気に止めていなかったサンジャスが、不意にレフラの傍に近付いてくる。そして横にしゃがみ込んで、耳打ちするように口を寄せた。御饌として一定の距離を保つ事が義務付けられているレフラには滅多にない距離に緊張が走った。 「今晩には族長が戻られる。今日はお前も共に夕餉を囲むように、との事だ」 最弱種族と言われてしまう跳び族では、族長を含めた主戦力の留守などを他種族へ悟られる事は致命的な状況になる。声を潜めようとしての距離なのだろう。 ただ、そんな事よりも。告げられた内容にレフラはパッと顔を上げた。沈むだけだった心が浮き足立っていく。 何の為に呼ばれているのかは分からない。だけど日々皆の輪の中に入る事が出来ないレフラには、独りで摂らない夕餉は久しぶりだった。 誰かと過ごす時間の予定がある。それだけで顔が笑みで綻んだ。