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第76 跳び族での日々 1

木々が茂る林の中。いくらか(ひら)けた場所だった。手に持った長剣を振り回すには十分とは言えない広さだが、他の者の目から逃れるにはこの茂みが都合良かった。 レフラは念の為にキョロキョロと周りを見渡した。御饌として女性らしさを求められる日々なのだ。この姿を見られるのはマズいと分かっている。研ぎ澄ませた聴覚でも周囲に人気が無いことを確認して、レフラは身体に見合わない大きな長剣を前に構えた。 素振りで使うような剣ではない。だが人が多く貧しいこの村では素振り用の剣ですら、兄弟間で共有なのだ。レフラはその剣を触ることは許されていない。いや、正確には。御饌として身体を傷付けかねない事は全て禁止されていた。 大人から子供まで従事する農作業や狩りだって、レフラは関わる事が出来ないのだ。その代わりに求められるのは、歌や踊りや、最低限の知識を補う学問だった。 『レフラだけズルい』 何度まだ物を知らない子ども達が、そう言っていたのを聞いただろう。思い出して、レフラは強く唇を噛んだ。 「えいっ!はっ!やぁ!!」 溜まっていく鬱憤を吐き出すように剣を振る。レフラだって、本当はそんなズルさなんか欲しくない。皆と一緒に働いて、共に眠るような毎日を過ごしたいのだ。こうやって鍛えた自分の力で皆を守って居たいのに、なぜ自分は許されないのか。どうして皆のように、未来を語る事が許されないのか。 何度も飲み込んだはずの思いが時々我慢できなくなる。今にも叫びだしてしまいそうな激しさで、レフラの感情を揺さぶるのだ。 その度にこっそりと持ち出した武器庫の剣で、疲れて何も考えたくなくなるまで素振りをする事が、もはや習慣のようなものだった。 思い切って振り下ろした剣の重さに踏鞴(たたら)を踏む。無性で生まれた身体も、性徴の時期を迎えていた。どんどん性別を定めるように成長していく兄弟、姉妹達にレフラは暗鬱とした気持ちを抱いてしまう。 特にどんどんと男らしい体格へと育っていく真下に生まれたイシュカを見ている事は辛かった。 (あの日まで、その役を担うのは自分だと信じていたのに…) 一族を守るのは自分だと信じ、誇り高くあろうとする姿。そんな跳び族長の跡継ぎとして矜持を持った弟の姿は、レフラの成りたかった姿だった。 弟と言っても母親の違う同じ年の兄弟なのだ。幼い頃は何かと競い合うような相手だった。互いに負けず嫌いな性格もあって、勝った負けたで泣く事もあれば泣かせる事も何度もあった。そうやって一緒に一族を支えていこうと思っていた。それなのに。 「今ではこんなに差が付いてしまった」 女性のような丸みもない、ただただ細いだけの腕を見る。自分の腕を摩ったレフラは溜息を吐くしかなかった。 もう一度あの頃のように競ったとして、勝負にさえも成らないだろう。生まれてしまった差がレフラの心を締め付ける。 だが何よりも辛いと感じるのは、仮にレフラとイシュカが勝負をしたとしても、レフラが勝つ事を望む者などこの一族には、誰一人として居ないという事だった。 足元がグラついた気がしてレフラが両脚に力を込める。湧き上がる感情をどうにかしたくて無心に剣を振り回した。

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