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第75 柔らかな夜 4

擦り切れた心を癒すように、キスが柔らかく降り続けていた。 初めて与えられた優しさに()うに絆された心へ、ギガイの温もりが染み込んでくる。ポッカリと空いていた心の奥が埋まっていき、泣いていた幼い自分が薄れるように消えていく。 辛くて苦い涙の後の癒しは際立って甘く感じられた。 近距離で見つめられた瞳の琥珀色は、とろりとした蜂蜜を思わせる。その甘やかな色に誘われるように、レフラはおもわずギガイの顔へ手を伸ばした。 触れられる時の温もりを思い出しながら両頬を包むように手を添える。一瞬驚いた表情を見せたギガイが小さな苦笑を浮かべてその掌を受け入れた。添えた掌へキスをされ、目を閉じてやりたいようにさせてくれる。 不敬だったかもしれない。だけど何となく受け入れて貰えるような気がしていた。その期待に近い予想が外れなかった事に何だか泣きたくなってくる。ホッとして、嬉しくて、幸せだった。 (この時間がずっと続けば良いのに…) そう願ってしまうような心地良さなのだ。だからスルリと。 (本当に愛されていたなら、良かったのに…) そう思った事も。 (どんどん好きになってしまうのに……) そう思った事も、水が流れるように自然に行き着いた状態だった。 あまりに呆気なく心へ浮かんだギガイへの思慕を、だからと言ってすんなり受け入れられる訳ではない。 突然のその思慕にレフラ自身、戸惑ったような表情を浮かべた。 この感情は何なのだろう。隷属として辛い扱いだって多いのだ。そんな時のギガイはレフラにとっては間違いなく、恐い存在でしかなかった。それなのになぜ好意を抱いているのだろう。 飴と鞭の効果なのか。それとも生殺与奪権を持つ相手に好意を抱いてしまうというやつなのか。好きだと錯覚をして、ただ依存をしているだけなのか。分からない。ただどんな理由から抱いた思いだったとしても、優しくされる事も、その心地良さに甘える事も、好きだと思慕を向ける事も、御饌でいる一時だけの事なのだ。 「どうした?」 いつの間にか柔らかな琥珀の瞳が向けられていた。レフラは無言で小さく首を振って微笑んだ。 (どうせ一時の事なんです。錯覚だったとしても特に問題はないですよね) これが正解だったのかは分からなくても、今は幸福感には満たされていた。 「キスをしても良いですか?」 その言葉に今度はハッキリとギガイが驚愕の表情を浮かべた。冷酷無慈悲と言われるこの主のこんな表情を見た者など、今までに存在するのだろうか。それほど似合わない表情にレフラが思わず吹き出した。 「今日のお前には驚かされるな」 レフラとしては、何にそんなに驚いたのか分からなかった。だが同じような事はギガイへ対しても思っていた。それがますます可笑しくて、レフラはクスクスと笑ってしまう。 それを咎める様子もないまま優しく手を引いたギガイに促され、レフラはそっとギガイの唇に唇を重ねた。

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