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第87 陽光の中 3
言葉を重ねれば重ねる程に無くなっていく柔らかな空気が悲しかった。ギガイの一層冷えた空気を感じた瞬間、かつて寝台で言葉を封じられた時の事を思い出す。
身体が思わず動いていた。ますます不興を買って、手酷い仕置きを受けるのかもしれない。でもどうしてもギガイの口からハッキリとした拒否を聞きたくなくて、何かを言いかけたギガイの唇を掌で思わず覆っていた。
「無理なら良いんです。ギガイ様がお忙しいのは分かってます。ワガママを言いました」
ここまで冷たい威圧を向けられたのは、始めの頃に怒りを向けられた時以来だった。
甘やかして貰えていたから。最近本当に愛されているのではと思ってしまうぐらい愛しんで貰っていたから。限度を間違えてしまった。もともと過ぎた願いではないかと、逡巡していたのに…。
なぜ言葉にしてしまったのかと、レフラは数分前の自分の判断を悔やんだ。
本来得られる予定の無かった優しさや温もりだ。与えられる事が無くなったとしても、それが当たり前なのだと受け入れよう。今までが幸運だっただけなのだ。
ただ、初めて経験する幸せだったから。この日々が終わるギリギリまでは感じていれたら、と願っていた事も本音だった。
(良い御饌であれば優しくすると仰っていたのですから、この不興で失ってしまうんでしょうか・・・)
忙しい日中に少しだけでも時間を作って、まめに足を運んでくれて居たのだから。一緒に外を歩いてみたいなんて、思わなければよかった。
「お忙しいと分かっているのに、申し訳ございませんでした」
塞いでいた掌がどけられる。とっさに取った行動とは言え、主の言葉を封じるように口を塞ぐなど蛮行でしかない。この行為へはどのような罰を受けるのだろう。緊張と不安がレフラの中で増していく。
(謝罪は受け入れて貰えるでしょうか…?もしダメだとしたら?仕置きをちゃんとこなせば、また優しくして貰えるのでしょうか?)
期待をしてはいけない。分かっている。本当はもう諦めている。だから抱いているのは叶うとはレフラ自身も思っていないぐらいに儚い願いだった。
「外へ一緒に出たかったのか?」
感情に折り合いを付けていたレフラには、なぜ改めてそんな質問をされているのか分からなかった。腕を取られたまま逸らしていた目をギガイの方へわずかに向ける。レフラを真っ直ぐに見つめるギガイの採光が、珍しく揺れているように見えていた。
何かに戸惑っているのか、それとも仕置きの程度を決めかねているのかもしれない。それでも冷たさを増す一方だったギガイの瞳の色が和らいで、震えてしまいそうな威圧感は消えていた。
「……はい」
怒りは少しは収まってくれたのだろうか。あぁ、でも。期待した分だけ突き付けられる現実は辛くなるのだから。困惑しながらレフラは恐る恐る頷いた。
「その時間がお前が欲しいモノだったと?」
多忙な主にそんな時間を割いてくれ、と隷属である身で求めるのは間違っていたと、改めて問われて考えた今ならちゃんと分かる。
たまたま手に入れた幸せにどれだけ頭は浮かれていたのか。考えが至らなかった事が恥ずかしかった。
「…はい。ギガイ様のお忙しさを考慮もせずに、申し訳ございませんでした……」
せめて愚かな判断だけは、本当に悔いている事が伝わってくれれば良いのにと、レフラはもう一度謝罪を重ねた。
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