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第88 陽光の中 4

「お前が詫びる事ではない」 突然の浮遊感にレフラがとっさにギガイの首にしがみ付く。まだこうやって触れる事が許されるのか分からない。それでも前を見据えて歩き出したギガイが何も咎めてこない様子に、レフラは腕の力をそっと込めた。 「どこへ行くのですか?」 寝室がある扉とは逆の扉だった。寝室から繋がる浴室へもう一つの扉を潜っても向かえる事は知っている。もしかしたら仕置きの為に浴室へと運ばれるのかもしれない。不安に声は上擦っていた。 「外へ行く。一緒に出たいと言っていただろ」 「いえ、もう大丈夫です!!ワガママは言いません!!お時間を割いて頂く必要はございません!!」 「ワガママではない、だから落ち着け」 慌ててギガイの腕から降りようとした身体は呆気なく抱きしめられて留められる。そんな事を言われても、レフラの要望を切っ掛けにギガイの不興を買ってしまった事実は変わらない。それなのに詫びる事でもなければ、レフラの発したワガママが原因でもないという。何がギガイを怒らせてしまったのか分からないレフラには、もうどうすれば良いのかも分からなかった。 大股で闊歩していたギガイの腕が重厚な扉を押し開く。途端に(ひら)けた視界。陽光の中、いつもガラス越しに見ていた草花や木々が、目の前で穏やかに揺れていた。 レフラの肌や髪を風が柔らかく撫でていく。その風に含まれた花や青葉、土の匂いが鼻腔を擽る。そして同時に感じるギガイの気配。願いを聞かれ、レフラが真っ先に望んだ瞬間だった。 胸がキリキリと締め付けられる。 望んだ光景だが、こんな状況でなど思ってもいなかった。涙がポタリと落ちていく。 「…それならなぜ、ご不興を買ってしまったんでしょうか……原因さえも自分で悟る事もできないような、至らない御饌で申し訳ございません……」 ギガイの腕に抱かれたまま、真っ直ぐに顔を上げて景色を眺めるレフラの頬を涙がポタポタと辿っていた。 貴重な光景を目に焼き付けようとしているのに、視界がぼやけてしまうのが悔しかった。その涙をギガイの掌が拭っていく。 「……泣くな…私が、思い違いをしただけだ…お前のせいではない…」 言葉を探しているのだろうか。いつも自信に満ち溢れ、明瞭に語るギガイにしては珍しい話し方だった。どこか辿々しい声音に併せて。 「だからどうか、泣き止んでくれないか」 続けて聞こえた懇願する言葉にレフラは耳を疑った。隷属でしかないこの身へ、七部族の長であるギガイがまさかありえない。驚きに目を見開いたままギガイの方を振り返る。 気まずそうな表情でギガイがレフラの反応を窺っていた。初めて見る表情に初めて見る反応だった。 (なぜギガイ様が、なぜ自分なんかに) 答えは1つも出ないまま。いっぱいの『なぜ』が頭の中を飛び交っていく。そんな直面しながらも信じられない状況に、レフラの涙は自然と止まっていた。

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