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第89 陽光の中 5

「……思い違いですか?ギガイ様が?」 どう違えてしまったのか。 聞く事が出来たなら、日頃は全く分からないギガイの心に、触れられるような気がしていた。でも隷属でしかない自分が主の真意を探るなんて、本当なら許されない。迷って、迷って、迷って。判断を間違える訳にはいかないのだから、それぐらいならと諦めようとしたレフラの耳に、溜息が1つ聞こえてくる。 「お前がまた離れようとしているかと…」 告げられた言葉を頭の中で反芻して、それが聞きたかった答えなのだとようやくレフラは気が付いた。 確かに外は自由の象徴だ。御饌として与えられた宮の内から出る事が許されていないレフラが外を求めたのなら、自由に成りたいのだと告げているように聞こえてもおかしくない。 状況を悟ればレフラの血の気が引いていく。 脳裏へ浮かんだ光景は嫁いだ直後に自由を求めた時のことだった。役目も果たしていない内に隷属を誓った者からの不躾な願いが、一層苛立たせたのかもしれない。あの時もこの主の不興を買った結果、レフラは酷い目にあっていた。その時の記憶は今でも十分レフラを竦ませる。 「違います!!そんなつもりで告げた訳ではございません!!」 「あぁ、今はもう分かっている」 必死に言い募ろうとしたレフラの背に、ギガイの掌が添えられる。回された腕はいつも通りに温かい。大丈夫だと何度も背を摩る感触も、失ってしまったと思ったあの瞬間など無かったかのように、これまでとあまりに変わらなかった。 それでも判断を間違えたと深く悔やんだ経験は、この後のレフラの判断を不安にさせる。 いつものようにその温もりに擦り寄る事ができなかった。 「どうした?やはりまだ、いつものようには甘える気には成らないか?」 言外に甘えてもいいのだと伝えられた言葉だった。レフラがぎゅっとギガイの首に抱きついた。 「もうだめなのだと思ってました」 「甘える事がか?」 「……はい…」 主の気まぐれで与えられているに過ぎない優しさは、薄氷の上の幸せでしかない。些細な事で簡単に失われてしまうのだと知っている。だから、それを失う事に怯えたり、傷付いたりはしないと決めていた。それでも無くさずに済んだ事は嬉しくて、涙が思わず滲んでしまう。 「お前の甘えを禁じる事はない。気にせず甘えると良い……ただ、辛い思いをしたくなければ、離れるような真似はするな。そうなれば、優しく扱う事などできないだろうからな」 あらかじめ伝え置かれる程の苦痛とはどれぐらいの事なのか。今まで受けた行為の辛さを思い出し、レフラの身体がブルッと震えた。 「そんな事は致しません」 念を押すような言葉にレフラはコクリと頷いた。逃げ出すようなマネはもとより、御饌として務めを果たして不要とされるその日までは、レフラから自由を求めるマネもしない。そう心にハッキリと決めてレフラは約束を口にした。 ギュッと抱き寄せるギガイの腕に力が籠もる。抱き締められる心地良さを感じながらレフラはギガイの首筋に顔を埋めた。

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