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第138 非常な日常 6
「大丈夫か?」
さっきまで赤く扇情的に見えていた顔が、今は青ざめたように見えていた。抱え込んだ身体も指も少し冷たくなっている。
限られた者だけに立ち入りを許した場所だと油断したが、何かショックを受ける事でもあったのだろうか。ギガイは素早く視線を周囲へ走らせた。
だが景色はさっきまでと何も変わっていない。穏やかな状態のまま、風が吹いて日が差していた。特に異変を感じられない様子に、ギガイには原因が分からなかった。
「どうした?独りになって不安になったのか?」
さっきまではこんな様子はなかったのだ。ギガイが思い当たる節と言えばせいぜいこれぐらいだった。
「ちが……」
いつものように取り繕うとしたのだろう。一瞬否定しかけたレフラが戸惑ったような表情で、しばらく視線を彷徨わせてコクッと小さく頷いた。
「そうか」
素直に告げたレフラを褒めるように、髪をクシャリと撫でてやる。ギガイの返答に不安を抱いていたのか、その言葉と同時にレフラの強ばっていた身体からようやく力が抜けていった。
「それにしても珍しいな。どうした?」
確かにレフラが独りを苦手としている事は知っている。それでも特に体調も崩していない状態で、こんな明るい日中に独りの不安を訴えた事は1度もなかった。
「……申し訳ございません…思い出が…少し、苦しくて……」
「思い出?跳び族の村での事か。何があった?」
温もりに縋る姿も、初めは人で溢れた村の中から一人っきりになった寂しさのせいだと思っていた。だがひどく孤独に怯える時のレフラの様から、今はもう何か特別な原因があるとしか思えなかった。
ギガイの問いに対して、レフラは困ったように微笑みながら、掌に頬を擦り寄せるだけだった。話すつもりはないのだろう。でもそれでは何の解決にも至らないのだ。
「レフラ」
強めに名前を呼ばれた意図は伝わったはずだ。レフラの身体がビクッと跳ねる。それでも唇を引き結んだまま話そうとしない様子にギガイが大きく溜息を吐いた。
「前にも言っただろ。素直に告げないならば、次から考慮はーー」
覚えのある温かい感触をポスッと唇に感じ、やっぱりかとギガイは力を抜いた。意地の悪い言い方をした事は分かっている。
「イヤです!それはイヤです!!……」
不安が煽られたのかレフラの目が見開かれて強ばっていた。
「ワガママを言ってごめんなさい……でも、名前を呼んで貰えるだけで良いんです。ギガイ様に名前を呼んで貰って、抱き上げて貰えるだけで大丈夫なんです……だからお願いします、聞かないで……まだ今は、聞かないで……」
凛とした口調が崩れた訴えはそれだけ必死なのだろう。言葉を塞ぐように覆われたレフラの掌をポンポンと叩いて退けるように合図をする。それでも縋るように視線を向けたまま外されない掌を、ギガイは舌先で舐め上げた。
「ーーッ!!」
跳ねるように手を離したレフラの様子にギガイは小さく苦笑した。外れた掌を握り直し指先の温度を確かめる。
「本当にそれだけで平気なのか?」
まだ冷たく感じるのは、さらに怯えさせてしまったせいだろう。ギガイは聞き出す事を諦めてレフラの瞳を覗き込んだ。
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