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第139 非常な日常 7
「はい、十分です」
答えるレフラの雰囲気には堪えている様子はなかった。これ以上問い詰めた所できっと効果は得られないのだろう。仕方ないとギガイは肩をすくめて見せた。
「なら良い。だが無理はするな」
もともと怯えさせたかった訳じゃない。ただレフラが恐れる孤独の原因を、取り除きたいだけなのだ。それなのにこの状況では本末転倒も良いところだった。
それぐらいならもう良い。そんな思いで告げたギガイの声は、本人が思った以上に柔らかかった。
「はい…申し訳ございません…」
「謝らなくて良い」
レフラの頬を指の背で戯れるように撫でていく。何度も繰り返されるこそばゆさに気持ちも解れたのか、レフラの表情がどんどんと柔らかくなっていった。
七部族の長であるギガイが知りたいと思うのなら、方法はいくつだって存在する。
(本当ならお前自身の口からが望ましかったがな)
そこまでしても言いたくないと望むレフラに、無理やり吐かせる訳にもいかないのだ。だが知られたくない、と望む様子のレフラに合わせてそれなりの時間は割いたつもりだった。それでもレフラは「まだ」だと言うのだから仕方がない。
ギガイにはもうこれ以上は待つ気がなかった。
レフラはギガイだけの御饌なのだ。笑顔も涙も全てギガイのモノだと決まっている。それなのにギガイの知らない何かがずっとレフラの心を囚えているのだ。それはギガイにとって気に食わなかった。
(知られてしまったと分かれば、また泣かれてしまうのかもしれないな)
何を知ったとしてもギガイからレフラに対する寵愛が変わることはありえないのに。いったい知られることの何を怯えているのかが分からない。
それでもこのまま、泣かれることの方が気に食わないのだ。
(私が与える涙以外では笑っていろ)
ギガイはもう一度、和らいだレフラの顔をスルリと撫でた。
「落ち着いたのなら、そろそろ行くか?」
パッと光りを取り戻した明るい眼差しがギガイの方へ向いていた。取りあえず今はこの顔がこれ以上陰ることがなければ良い。再び楽しげな雰囲気を取り戻し始めたレフラにギガイがフッと微笑んだ。
「このまま移動するか?それとも歩くか?」
せっかく外を歩く機会だと思って腕から離したことが裏目に出てしまったのだ。それでもまだ歩きたいというのなら希望にも沿うが、ギガイとしてはいつものように腕の中に囲い込んでしまいたかった。
「どうする?」
「…手を、繋いで歩きたいです……」
せっかくの外を堪能できるように自分自身で歩きたい。でも離れることは望まない。そんな反する希望の折り合いをつけた案なのだろう。
声だけでも緊張していると分かる声音だった。日頃、自分から何かを望むことがないレフラにとってはそれだけでもずいぶんハードルが高かったのかもしれない。
たったそれだけの希望を伝えるのにレフラの顔は真っ赤に染まっていた。
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