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第140 非常な日常 8
跳び族の地と黒族の地では、気温や高低差もあるせいだろう。目に映る木々や草花にもレフラが全く見た事がない種類もいくつかあった。それらを1つずつギガイに向かって尋ねていく。
ありとあらゆる知識を叩き込んだというギガイの聡明さはレフラの想像以上だった。何を聞いても応えてくれる姿は頼もしい。
「こういった時のお前の表情は良く変わるな」
ギガイがフッとレフラへ笑い掛ける。
「…ギガイ様と過ごせるのは嬉しいので、仕方ないです」
顔がとても熱かった。照れ隠しに思わずむくれた表情を浮かべながら、レフラはそっぽを向いて顔を隠した。だがまたその先に見えた覚えのある樹木に、気持ちが一気に惹きつけられる。
「ギガイ様、ククの樹です!」
「あぁ、そうだな」
見上げた枝に実る緑色の果実。その上側が赤く色づき始めている。こんな下の枝まで熟し始めている様子にレフラはそわそわと樹を見上げた。
「ちょっと待ってて下さいね!」
「おい!レフラ!!」
スルリと手を解いて走り出して、樹の真下で軽く地面を蹴った。1番下の枝に手を掛け身体を引き上げる。そのまま足場を確保しながら、跳ね上がるように次へ次へと上っていく。レフラの身体はあっという間に頂上辺りの枝まで一気に登りきっていた。
上から2、3本下に位置する枝の幹寄りをかき分ければ、案の定真っ赤に色づいた実が鳥に啄まれる事なく残っていた。
その実をいくつかもぎって枝を降りていく。ギガイの頭より数段上の枝まで戻った後にレフラは手の中の果実をギガイの方へ振って見せた。
「ほら、熟した実がありました」
「…分かった、とりあえず降りてこい」
下から見上げていたギガイがレフラの方へ手を伸ばす。抱き上げる時のように腕は広げられていた。このまま飛び降りてこいという事だろう。必ず受け止めてもらえるとは思っている。でもレフラは何だか恥ずかしくて戸惑ってしまっていた。
「レフラ、降りてこい」
だけどそんなふわふわとしたレフラの気持ちに反して、レフラを呼ぶギガイの声は思ったよりも固かった。
広げられたギガイの腕に向かって、レフラがためらいながら身体を滑らせる。身体の動きで衝撃を和らげてくれたのか、トサッとした軽い感覚の後、レフラの身体はしっかりとギガイの腕に囲い込まれていた。
「ギガイ様?ククの実はキライですか?」
目の前にあったどことなく険しく感じる顔に、レフラの鼓動が早まっていく。貧しくて甘味の乏しい跳び族と違って、豊かな黒族ではこんな物には大した価値はないのかもしれない。
「申し訳ございません。ギガイ様のお口には合わないですよね」
恥じるように持っている果実を隠そうとしたレフラの手から、ギガイが実を1つ摘まみ取った。
「そうじゃない。突然走り出すのは止めろ。何度も言っているはずだ、離れるような真似はするなと」
「えっ?っあ!!も、申し訳ございません!」
確かに振り切るように走り出した状況なのだ。逃亡と見なされてもおかしくない。
言われる瞬間まで気が付かなかったレフラは、事の重大さに血の気が引いて行くようだった。
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