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第155 揺れる足元 8

「我々が拝見するギガイ様ですか?」 不敬にならないように言葉を選んでいるのだろう。互いの顔を見合わせながら、一瞬3人が黙り込む。 「冷静沈着で何事にも動じないような方ですよ」 代表でリランが答える事にしたのか、ある意味予想通りの回答に今度はレフラが苦笑するしかなかった。 「…もう少し詳しくお伺いするとお困りになりますか?客観的なお話しだけでも良いのですが……」 「…客観的…ですか?」 「はい、例えばある状況ではよく笑われる、ですとか……」 「…とりあえず笑ったお姿は1度も拝見した事がございません」 「あと、レフラ様とお話しされる時のようなお声を拝聴した事もございません」 「そもそも必要最低限のこと以外は、ギガイ様は仰いませんので……」 ラクーシュとリラン、エルフィルがそれぞれ教えてくれたこともギガイがレフラ以外へ対応する姿から思っていたままだった。 病中に垣間見ていた世界を改めて知らされて、レフラの中にはやはり悲しみが積もっていくようだった。 「……どなたか親しくされている方はいらっしゃいますか?」 少しでもその孤独に寄り添ってくれる者がいれば良い。そんな事を思いながらの言葉だった。だがラクーシュ達には逆の言葉に聞こえたのだろう。 あぁ、と何かを納得したような顔で、互いに目を合わせて頷き合っていた。 「それでしたら大丈夫です」 「常におそばに置かれるのがリュクトワス様ぐらいで、あとは執務の際にアドフィル様がおそばにいらっしゃるぐらいです。一時的に他の方がおそばに寄ることを許された時には関心すら向けられるご様子もほとんどございません」 「ですからレフラ様へのご対応には、本当に我々は驚くばかりなんです」 安心して良いのだと告げた言葉にレフラが「違うんです」と首を振った。 「それならばどなたがギガイ様の孤独に、寄り添っていらっしゃるんですか?」 「えっ…?」 聞こえた声が誰の声だったのかは分からなかった。でもその声が夢の記憶に引っ張られていたレフラの意識をハッとさせた。 「あっ…申し訳ございません…ただ、ギガイ様の孤高が何だか悲しく思えて……黒族長相手に失礼ですね……」 七部族の長であるギガイと、最弱種族の中で供物であった自分を重ねる事が失礼だということは分かっている。それでも覇者として求められる孤高という名前の孤独と、御饌として生きてきた自分の孤独に違いがあるのか、時折分からなく成ってしまうのだ。 「レフラ様ではないんですか?」 リランの困惑した声だった。 「……?」 「ギガイ様へ寄り添う方でございます…」 ラクーシュがそんなリランの言葉を補足する。 何を言っているのか分からないと戸惑った表情を浮かべる3人を前にして。 (本当にその役目が自分であったら良かったのに……) レフラはそう思わずにはいられなかった。 それでもレフラには叶わない夢だと知っているのだから。 「……私は御饌ですので」 道具のようにただ子を成すための存在なのだと、自分自身へも言い聞かせるための言葉だった。 柔らかく笑いたかったはずなのに、顔が上手く表情を作れなかった。それでも終わりたくないと泣くことは、あの日が最初で最後だと決めていた。

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