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第156 揺れる足元 9
終わる日を避けることはできないのだから、その日に備えてできるだけの準備をして。そして想い出のよすがとなるように、この限られた期間を少しでもギガイのそばで笑って過ごしていこうと思っていた。
曖昧な笑顔を3人がどう捉えたのかは分からなかった。
「ただ、自他共に厳しい方で畏怖されておりますが、ギガイ様の統治となってからいっそう繁栄しているのも事実なので、民はギガイ様に感謝しておりますよ」
「私たち武官の休暇制度を含めた規律の整備もギガイ様が統治されてから行ってくださったことですし」
「近々開催される他種族へ門戸を開いた恒例の祭りもギガイ様が導入されましたが、市場の活気もすごいので賢主でいらっしゃると思います」
加えられたそんな言葉にレフラが目を見開いた。
「……賢主ですか」
「我々が評価すること自体が不遜なことではあるのですが、そう思いますよ」
エルフィルの言葉に大きく頷く他の2人の姿からも、そんなギガイを誇りに思っている事が伝わってくる。
そのことが自分が褒められたように嬉しくて、レフラの顔は自然とほころんでいった。
「レフラ様は本当にギガイ様をお慕いしてるんですね」
「大切な気持ちだから、内緒です」
「全く内緒になっておりませんよ」
「それでもです」
3人に笑われながらも、レフラはふふっと笑うだけだった。
誰かを好きだと思える気持ちも、大切にされた記憶も生きるための力になる。この気持ちは自分だけの宝で、幸せの日々の証だった。
「それでは、そろそろ始めましょうか」
リランが置いた麻袋の口紐を解いていくつかの道具を取り出していく。
「手入れされて扱いやすい他の場所もありますが、本当にこのような場所でよろしいのですか?」
日当たりは良いと言っても見苦しくない程度に野草が刈り込まれただけの原野なのだ。ここを全くの初心者であるレフラが開墾していくのは無謀でしかないと知ってはいる。
(それでも僻地には耕された畑なんてないですから)
跳び族の村はもうレフラが戻れる場所は残っていないと知っているから。
ここを旅立った後には全てをひとりで生きぬく事が必要なレフラにとっては、自給自足に役立ちそうな経験は今の内に何でも経験したかった。
跳び族の自分が単身で見知らぬ場所で過ごせるほど、現実はそんなに甘くない。それでもその時こそはわずかな時間だったとしても、大切な気持ちを抱えてレフラとして生きたいと思っていた。
(5年、10年なんて望みません。でもせめて季節を一回りぐらいは頑張りたいですよね)
だから生きていく術が欲しかった。
「それではレフラ様はこれを使ってください」
リランが差し出した三角の刃先を持った道具をキョトンとした顔で確認する。
「これは?」
「三角鍬ですよ。原野を開墾するなら普通の鍬よりはツルハシやこういった物が便利なんです」
「リラン様はお詳しいですね、勉強になります」
嬉しそうに道具を受け取るレフラへ「実家が農業に携わっていますので」と告げて、リランが使い方やポイント、手本を見せてくれた。
「こんな感じですか?」
手本通りに振るった刃先がザクッと地面に食い込んでいく。
「体幹がしっかりしてますね。お上手だと思います」
体幹がブレないのはさんざん振り回してきた剣のおかげかもしれないと、レフラは思わず心の中で苦笑した。
それでもレフラの細い腕ではなかなか進まない横で、ツルハシを使って同じように掘り返していたラクーシュとエルフィルの競争心に火が付いたのだろう。
いつの間にか競い合うように地面を耕し始めている。
「さすが小隊長の方達ですね、すごいです」
「ただの筋肉バカなんです。あのバカ達は放っておいて、レフラ様はこのペースで頑張って下さい」
レフラに向かってニッコリ笑い返しながら、リランが鋤で草の根を取り除いていく。
そんな何気ないやり取りを交わしながら一緒に作業をしている光景は、跳び族の村で遠くから見つめるだけしかできなかった光景そのものだった。
そこに自分の居場所があることが嬉しくて、気が付けばレフラは声を出して笑っていた。
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