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第159 揺れる足元 12
「…わざとか?」
「何がですか?」
「……何でもない」
「はい?」
「とりあえず貸せ、私がやってやる」
その言葉にレフラが三角鍬を胸元に抱え込んで距離を取る。
「ダメです!それじゃあ意味がないです!」
「じゃあ、お前がやる分はそこに残してやる」
「そうじゃなくて!」
「それなら、そことここの分は残してやろうか?」
「ギガイ様!!」
「いま耕されている範囲ですでに豆が潰れているだろう。残りの範囲でどれだけ痛める気だ」
なぜ分かってくれないのか、とムキになるレフラに反してギガイの態度は取り付く島もない状態だった。
「でもっ!!」
諦めきれない思いにレフラは素直に道具を手放す事ができなかった。なおも言い募ろうとレフラがしていた中。
「恐れ入ります。レフラ様へ発言をよろしいでしょうか?」
リランの恐る恐るといった声が、響いた。
「…なんだ」
「ありがとうございます。レフラ様。ギガイ様はダメだと申し上げているのではなくて、レフラ様の今のおケガがこれ以上悪化しないよう気遣われているだけだと思います。それに作業も道具もおいおい慣れていけば良いだけです。それこそ無理をしてしまえば腕を痛める可能性もありますし、そうなれば本当に禁止されてしまうかと思いますよ」
残りの2人もリランの言葉に大きく頷いている状況に、これ以上何も言えなくなったレフラが黙り込む。
「なぜそんなに急ぐ必要がある?ダメだとは言わん。ゆっくりやっていけ」
あとどのくらい時間が残っているのか分からない事が、レフラへ焦りを生んでいた。でもその焦りが全てを台無しにしてしまっては意味がないのだから。
「はい……」
レフラはギガイの言葉へグッと堪えるように頷いた。
「……そんなに落ち込むな。仕方ない、あそこまでは残しておく。だから何日かに分けてゆっくりやれ」
始めに残してやると指していた場所よりも大きな範囲を指で示して、ギガイがレフラへ苦笑を向けた。
「はいっ!ありがとうございます!」
もともとのサイズを考えればずいぶん小さな面積だった。それでもギガイなりにレフラの気落ちを汲み取ってくれたことが嬉しくなる。
「宝石や紗よりも耕作で喜ばれるとはな」
レフラの頭をクシャッと撫でたギガイの声は、どこかからかうような響きが含まれていた。
「いいんです!前も申し上げたように、そんな物は要りません!」
そんな物より生きていくための術や、手に入ることなど無いと思っていた特別な人との思い出の方がレフラにとっては何千倍も価値があるのだから。
他の者ならば媚びへつらってでも欲しがる物を『そんな物』と言って退けるレフラが面白かったのだろう。ギガイだけではなく、3人までもそんなレフラを笑いながら見つめていた。
「では、後は私がやってしまうぞ」
レフラの腕から三角鍬を取ったギガイが「小さいな。ラクーシュ、お前の使っている物を寄こせ」と身体に合わないその道具を軽く振る。
「お、お待ちください。それは私共が行います。ギガイ様が畑だなど。それにラクーシュが用いてる道具もギガイ様へは少し小さいかと存じます」
片手で何度か軽く鍬を振っていたギガイがサイズ感の違いに諦めたのか、その鍬をそのままレフラの手元へ戻した。
「それなら、ここから、あそこまではお前らが耕せ。ちなみに一番遅かったやつには、私が直接鍛錬をつけてやろう」
「えっ、それは褒美ですか?」
3人の目が大きくなる。見開かれた分だけ陽光が反射するその目はキラキラとしており、まるで子どもが目を輝かせているようにさえ見えていた。
「……褒美になるのか?」
ギガイにしても思ってもいなかった反応なのか、一瞬だけ圧に押されるように黙り込む姿が新鮮だった。
「ギガイ様に直接お相手頂けるなんて、ありえませんので」
「……なら一番早い者へ稽古をつけてやる」
複雑そうな表情を浮かべたギガイが面白くて、レフラはまた声を出して笑ってしまった。
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