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第160 揺れる足元 13
「ギガイ様は今まで耕したことはあるんですか?」
「あぁ、幼少の頃に散々な。確か剣を振るうための筋力を付けるため、とかだったか」
横に立ったレフラの視線がこちらの方へ向いているのを感じていた。その視線を受けながら、ギガイは遠い日々を思い出すように、少しだけ視線を遠くへ投げる。
怜悧な頭脳が即座に思い出した過去の日々は、目の前の光景のように細部まで思い出せながらもどこか色がくすんでいるようだった。
物心付いた頃にはすでに剣を握っていた。
そして剣を握る頃にはすでに身体を作るような鍛錬も体術も当たり前となっている日々だった。
自分がいつ歩き出したのか分からないのと同じように、その鍛錬等がいつから始まったのか、それはギガイ自身も分からなかった。
ただすでに気が付いた頃には自分で狩りをして作物を手に入れなければ、飢えることさえあったことを覚えている。
「……ギガイ様」
そばから聞こえたレフラの声に、どこか遠くを見ていた視線を斜め下へと引き戻す。レフラがギガイの手を改めて掬い上げ、指先で掌をなぞっていた。
「その時からずっと頑張っているんですね」
固くなった手の皮の下に、その当時の柔い皮膚があるとでも言うかのように、レフラが掌に唇を落として頬を寄せた。
「まぁ、あの当時は生きるために必要だっただけだ」
今のレフラのように何かを成し遂げたいと思っていたわけでもなく、思い出と呼べるような感慨深いものでもない。ただ生きぬくだけだった日々の記憶に苦笑して、そのままレフラの頬をスルリと撫でた。
「それでもです。必要だったのだとしても、その時の努力も苦しみも消えるわけではございません」
心が消えるわけではないのだから…、と呟いた小さな声は聞かせるつもりはなかったのかもしれない。
「もともとやらざる得ないことなのだと、その頃のギガイ様の努力をギガイ様自身も誰も認めて差し上げないのならそれでも良いです。私だけでもそうします!」
その言葉にギガイが吹き出すように笑い出す。
「こんな所でお前に褒められるのなら、あながちあの日々も無駄でもなかったな」
「ほ、褒めるだなんて」
「なんだ褒めてくれたわけではないのか?」
クツクツと笑いながら視線を彷徨わせていたレフラの顔を覗き込む。戸惑うように上げられたレフラの手が、キュッとギガイの頭を抱え込んだ。
「そんな頃からずっと頑張っていてすごいと思います。それに何でもできちゃう所もすごいです」
耳元で聞こえた声は風にかき消えそうなぐらい小さかった。
チュッとこめかみにキスが落とされて、レフラが恥ずかしそうに離れて鍬を振るい始める。
3人が戻ってきた頃には顔を真っ赤にしながら懸命に耕すレフラと、機嫌良さそうにクククッと笑うギガイの姿がそこにはあった。そんな姿に呆気に取られているのだろう。
「そろそろ戻るが、明日にでも訓練用の剣を1本準備しろ。お前らは自分の剣を持ってこい」
ようやく我に返った3人の焦った返答が聞こえてきたのは、レフラの頭をひと撫でしてギガイが完全に背中を向けて歩き出した後だった。
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