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第7 初めての事 1
一瞬ザワついた空気がギガイがその場を見回した途端に静まり返っていった。
「第1と第4の小隊長はここに来い」
その言葉ですぐに出てきた2人がギガイの前に膝を突く。そんな2人の前に降ろされたレフラから、鈴がチリンと涼やかに鳴った。
「リュクトワスから説明はあらかた聞いているな」
「はい」
「では始めろ。ただし威圧は使うな。あくまでもお前達の基礎的な身体能力だけで追え」
「かしこまりました」
返事をした2人が顔を上げる。さすがにギガイを直前にして不躾な視線は控えているのだろう。だけど、遠くに整列した状態でこちらを眺めている近衛隊のメンバーからは、ずっと好奇な目を向けられている状態なのだ。その視線の圧にレフラは思わず後ずさった。
背中にトンッとギガイの身体がぶつかって、レフラが不安げにギガイを下から見上げてみる。
日頃見ないこの角度からギガイを見上げるのは、慣れない人達や場所だということも相まって、どんどん心細さが募っていく。そんなレフラの耳元に上半身をかがめたギガイが唇を寄せてきた。
「さっきの言葉をお前も忘れるな。下手な手抜きをすれば仕置きだからな」
「ギガイ様!!」
人前でなんてことを言うのだろう。小さな声は前の2人にも聞こえてはいないだろうけど、仕置きへの不安と、交わる行為でのことだと思う恥ずかしさに、レフラが引き攣った顔でギガイへ抗議する。
だけどギガイにとってはその程度のことは全く気にする様子はない。レフラの抗議へもクククッと笑うだけだった。
「ほら、お前も頑張ってこい」
ギガイの悪戯めいた笑い方に、レフラはムスッとふて腐れた表情を浮かべていた。それでもこの飄々とした主は、そんな表情のレフラの背中を2人の方へ押し出すだけだった。
ギガイの掌に促されるまま、レフラがいまだに跪いたままの小隊長の前まで歩みを進めて立ち止まる。
だけどギガイへ抗議をするレフラの姿も、笑うギガイの姿も始めて目にしたせいなのか。呆気にとられている2人は全く動く様子が見られなかった。
「あ、の…初めまして。レフラと申します、よろしくお願い致します」
何と言えばよいのか分からなかった。取りあえず自己紹介をして頭を下げる。
「あっ、申し訳ございません。私は近衛隊の第1小隊長のイグールでございます」
「私は第4小隊長のヴォルフでございます。本日はよろしくお願い致します」
いかつい男達なりにギガイの寵妃として連れて来られたレフラを怯えさせないように必死なのかもしれない。ニコッと微笑んでいる表情は、不器用なりに精一杯笑顔を作っているようだった。
立ち上がった2人に部屋の真ん中に促される。その様子を壁に凭れながらギガイが黙って見つめていた。
ギガイがそばに居ながらも、離れることは初めてだった。それだけでこんなに不安になるのかと思いながら、レフラはキュッと拳を握り込む。
自分が少しでも出来る事をしたい、と希望してのことなのだ。こんなことで不安がっていては話にならないはずだった。
イグールと名乗った男に呼ばれた数人が、一定の間隔を開けながらレフラの周りを囲っていく。種族の差からくる体格差で、それだけで大きな壁に囲まれたような圧迫感が生まれていた。
どのような逃れ方をしても良いとは言われている。それこそ逃げ出してしまったあの日のように顔面を踏みつけようと構わないと告げられていた。
素早く視線をレフラが走らせる。この壁のどこならば、隙をついて抜け出せるだろう。
そうやって考えている中で、笛の音が鳴り響く。ついに始まりが告げられた。
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