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第14 移り香に揺れて 1

ガチャッ、と隣に繋がる扉から音が聞こえて目を向ける。ようやく会談が終わったのだろう、冷たい目をしたギガイがリュクトワスを伴って入ってきた。 その後から続いたアドフィルが、扉に手を掛けたまま部屋の中を振り返る。 「部屋の換気が終わった後に、茶葉を焚いておいてくれ」 まだ部屋の中には残っている者がいるのだろう。そんな指示を誰かへ出していた。 (どうして茶葉なんて焚くのでしょう…?) 宮でいつも過ごす部屋はもともと青葉の匂いで満ちている。そのせいか、ギガイが茶葉を焚いて香を部屋に満たしている姿は一度も見たことがない状態だった。 (もしかしたら、ギガイ様は本当はそういう匂いがお好きなんでしょうか……?) よく考えてみたらいつも与えてもらうばかりで、ギガイの好きなもの1つ、胸を張って答えきれない。そんな自分が、今さらながらとても情けなかった。 きっと聞けば教えてくれるだろう。 ただ、何も持たない自分なのだ。ギガイがレフラへ望みを聞いてくれるのとは違って、聞いたところでそれを叶える力さえ持っていない。 もちろんギガイの寵妃として望めば何でも与えてもらえることは分かっている。だけどそれでは結局のところギガイの力で手にしたものを、ギガイへ差し出しているだけなのだ。 (まぁ、そんなことを考えていても、しかたがないですよね……) だって御饌として、貧しい跳び族からほとんど身1つで嫁いだ状況なのだから。そこを嘆いてもしかたがないと、理解できないほど子どもではない。 何かを贈ってあげることが出来る日なんて、きっと来ないのだろう。 それでもレフラなりに出来ることを考えようと、落ち込んでいきそうな気持ちを切り替えた。 会談は大変だったのか、2人が纏った空気がいつもの冷たさとは違うように見えていた。何と声を掛けることが正解か分からないまま、レフラは何となく黙ったままで見上げてみる。 そんなレフラの視線に気が付いたのか、それともレフラの様子を確認するためのことなのか。そうやって見つめていたレフラの方へギガイの視線が向けられた。 「あぁ、目が覚めたか? 気持ち悪くはないか?」 冷たかった表情が途端に柔らかなものに切り替わる。そばに来たギガイがレフラの横に膝を付いて、顔を上から覗き込んできた。 そんなギガイへ手を伸ばしたのは、よく馴染んだいつもの姿勢を思ってのことだった。 「ギガイ様?」 このまま抱き上げてもらえるものだと思っていた。それなのにそんなレフラの予想に反して、レフラの腕を取ったギガイは、指先にキスを落とすだけだったのだ。 抱き返してもらえないことなんて初めてだった。そんなギガイにレフラが戸惑ってしまう。だけどそんなことよりも。 「服を変えてこよう、少し待っていろ」 そう言って額にキスを落としたギガイから、立ち上がった香りにレフラはえっ?と戸惑った。 甘く官能的に漂うムスクの香り。 そんな香りがギガイの首元から立ち上がり、レフラの鼻腔をくすぐっていた。

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