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第32 移り香を咎めて 11

伸ばした腕をようやく掬い上げて貰えた状況に、レフラはきつくギガイの首筋にしがみ付いてスリスリと額を擦り付ける。 「悪かった」 甘えていると思っているのか、頭を撫でる手もギガイからの声も柔らかい。だけど本当は嫉妬心に駆られたまるで動物のマーキングのような行為なのだ。そのみっともなさを誰よりも分かっている。それなのに仰ぎ見たギガイの目も、1度も他の人へ向けられているのを見たことがない包み込むような眼差しだった。 温かな雰囲気にレフラの感情が解けていく。それに伴って、スルリと言葉が零れ出た。 「……ここから……」 「ここから?」 ギガイの首筋に指を這わせたレフラの手に、ギガイの掌が重なってくる。 「……他の方の匂いがする、ギガイ様は……イヤです……」 温もりも優しさも全てこの主の腕の中で知ったことだった。何よりも大切で失いたくないその場所に、誰かが居たのだと思えば苦しかった。 (他には何も要らないから、だから……) コクッと唾を飲む。 あまりにも過ぎた願いだと、理性が警鐘を鳴らして嗜めている。今までの自分なら絶対に告げたりしない言葉だった。それでも、抱き合った中で感じていた注がれ続けるような愛情や、向けられたギガイの真摯な言葉や優しさがレフラの背中を押していく。 「……他の方を、抱き締めないで……下さい……」 「どういうことだ?」 「……お願いします……他には何も要らないから……だから私に、その場所を下さい……ギガイ様の腕の中に、他の方を……抱き寄せないで……」 ギガイの指をギュッと握り締めた手は震えていた。緊張で喉がカラカラで、心臓も大きく跳ね上がっている。 何を言っているんだと、不相応なレフラの願いに対して思ったのかもしれない。 「そう言えば、さっきもそれらしいことを言っていたな」 ギガイの方から戸惑うような空気を一瞬感じ、レフラの背中に冷や汗が流れる。 決死な覚悟で伝えた願いだったけど、大それたことを言っている自覚はあった。緊張でぐるぐるとしていた頭から、スッと血の気が引いていく。 「ダ、ダメ、ですか? 申し訳ございません、こんなことはもう言いません。そ、それならーーー」 それなら、せめて自分が気が付かないようにしてもらえたら、そう告げようとした所だった。 「いや、待て! そうやってお前の中で結論付けるな!!」 慌てたように、ギガイがレフラの言葉を塞ぐ。 「お前は……諦め癖があると言うか、何と言うか……そうやって、マイナスの方へ結論を急ぐのは悪い癖だぞ」 ギガイが大きく溜息を吐いて、叱るようにコツッとレフラの額を指の背で小突いた。 「ダメとかではなく、そもそも私はお前以外を抱き寄せたりはしていない」 「……えっ?」 「首筋の匂いは、あの白族長の酔狂だ。もう何年も前からこうだった上に黒族内では有名な話だ。だから誰も気にした様子もなかっただろう」 確かに匂いを気にとめている者は誰も居なかった。でもそれは黒族長の行為へ否を唱えない習慣からの振る舞いに見えるのだ。 「ギガイ様、相手にですか……?」 にわかには信じられない話に、レフラの中には真相を知った安堵よりも、疑惑の方が膨れ上がる。戯れだとするならば、逆を言えばそれを許されるような女性ということなはずだ。 「あの部族は空気中にあの毒をホルモンのように撒き散らすこともできれば、軽く指先で触れるだけで毒を相手に纏わせることもできる。こちらの力量試しだろうが、閨への誘いを前提とした挑発だったからな。特に支障もなかったから放っておいただけだ」 「閨へのお誘い……」 聞こえた単語を思わず繰り返す。その響きが疼いていた心の傷をさらに抉ったようだった。またズキッと走った胸の痛みのままにレフラがギガイの手を強く握れば「落ち着け」と、ギガイが強張る手にキスをした。

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