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第31 移り香を咎めて 10
腕の中でしがみ付くようにしていたレフラの身体から震えが徐々に治まっていき、力もゆっくりと抜けていく。さんざん媚薬に煽られて、その後も敏感なまま快感に翻弄された身体は、疲れきったようにギガイの腕の中でぐったりとした。
「汗を流すぞ」
意識がぼんやりとしたレフラからは返事が全くなかった。その身体を抱き上げれば、汗でしっとりと濡れた肌がギガイの肌に吸い付くように密着する。
「水をかけるから、冷たかったら言え」
どこまで聞こえているかは分からなかった。それでもできるだけ驚かせてしまわないように声だけは掛けて、そのままシャワーの水側だけのバルブを開く。
身体で庇いながら直接レフラへ降りかからないようにした水流だった。それでもギガイを伝い触れ合った所から流れ込んだ水温に驚いたのか、レフラの身体がビクッと跳ねた。
「…えっ、なに? …冷たい……??」
まだ少しぼんやりとしたような、戸惑った声が聞こえてくる。火照ったレフラの顔を、ギガイが何度も掌を水に濡らしては拭っていった。
「内に熱がまだ籠もっているだろう。だから水の方が良いかと思ったが、湯に浸かるか?」
地熱で温められた地下水を直接引いて掛け流しの状態なため、常に湯は張られている。だが抱き上げた身体はまだ熱いのだ。そしてギガイが思った通り、冷たいその感触は火照った肌には気持ち良かったようだった。冷たい水で濡れたギガイの掌が顔を拭うなか、見上げるレフラの目は心地良さそうに細められていた。
「冷たくて、気持ちいいです……」
「そうか、もう少しかけるぞ。冷たすぎたらそう言え」
そんなレフラを見つめるギガイの目が柔らかくなる。
手早く全身を水で流して冷えすぎる前にタオルで包み込む。そのまま水気を拭き取った身体を寝台の上に降ろして、何か物言いたげな目を覗き込んだ。
「隣にある服を取ってくるだけだ。少し待っていられるか?」
「……はい」
置いていかれそうな状況に泣き崩れていたレフラの内にはまだ何か引っかかっていることがあるのだろう。頷く声にわずかに逡巡する様子が感じられた。
その様子が引っ掛かり、ギガイがそのまま寝台の端に腰を降ろした。
「ギガイ様?」
取りに行かないのか? そう聞きたいのだろう。不思議そうにレフラがギガイの方を見つめながら小首を傾げている。
「付いて行きたいならそう言ってもいい。お前が素直に強請った時に叶えてやらず、すまなかった」
手を伸ばしてレフラの頬を優しく撫でる。わずかに目を大きくしたレフラがそのまま俯いた。
「……ワガママは……難しい…です……」
掌に手を添えて頬を擦り寄せながらポツリと呟いた。
「…期待しちゃうから、悲しくなります……始めから、ガマンしていた時よりもずっと……」
ギガイの意図はともかくレフラからすればやはり拒否をされたと感じたようだった。
「それでますます落ち込んで、そのせいでギガイ様にもご迷惑をかけて……そんな中で、どうしたら良いか分からないんです……」
その零れ落ちていく音に、さっきのレフラの言葉や姿が甦る。
ギガイは両手でレフラの顔を掬い上げ、真っ直ぐに目を覗き込んだ。
「迷惑などではない。むしろ大切に愛しもうと思いながらも、後になって傷付けた状況に気が付いてしまう。悪かった……」
「……ほ、本当に? こんな風に、お時間を割いてしまったのに……?」
「あぁ。むしろ私の言葉が足りなかったせいだ。不安にさせたな。今後は説明をするよう気をつけよう」
こうやって言葉を紡ぐ慣れなさに加えて、内容さえもこれまでの自分からは考えられないものだから、居たたまれなさが湧き上がる。それでもしっかりと伝えるように、ギガイは1つ1つハッキリとレフラへ告げていた。
「だからまた、あんな風に甘えてくれ」
「……」
ギガイの言葉にレフラの表情がまたクシャと崩れる。
嫁いだ頃には張り詰めるような凛とした空気だけを纏っていた。あの日々のレフラからは考えられないぐらい素直になったその姿に、ギガイの中で愛おしさと傷付けた後悔が湧き上がる。
慣れない状況や言葉に対して感じていた居たたまれなさは、そんなレフラの前ではどうでも良くなるようだった。
「なっ?」
そう言って宥めながら促せば、コクッとレフラが頷き返す。そのまま少し迷うような素振りのあと、おずおずとギガイの方へ両腕が伸びてくる。その腕にギガイはホッと微笑みながら、掬い上げて首へと回させた。
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