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第46 抱いた悋気 3

「おい、先日の男はどうした?」 日々、冷酷無慈悲と言われる身なのだ。まさか溜息を吐き出してまで譲歩を見せるとは、周りの者達は思ってもいなかったのだろう。 一瞬後方の武官達の間で空気がざわめき立った後、チラッと向けられたギガイの視線に一気に静寂を取り戻す。 だがどこか空気が落ち着かないような、そんな異様な静けさが部屋の中には満ちていた。 「除隊検討中のため、謹慎をさせております」 そんな中で、レフラの戻りに合わせて再びそばに跪いた2人だけは、通常通りに見えている。近衛隊の小隊長を務める男達なのだ。内心はどうであれ、取り繕う程度の気概は持ち合わせているようだった。 明瞭な声で返された答えに、腕の中のレフラから、息を呑む音が聞こえてきた。 袂を握る掌にひどく力が籠もっている。きっと無意識なのだろう。呆然と2人へ向いた目も大きく見開かれて、下されようとしている処罰にショックを受けたことが見て取れた。 だが跳び族の長子として常に立場や責務を意識していたレフラなのだ。領分を弁えて、ギガイの領域へ立ち入ることは決してしない。だからこそ見開いた目を、ギガイへ訴えるように向けることは決してなかった。 そんなレフラに苦いものが湧き上がる。だがそれはいまはここで、向けるものではないのだから。ギガイはもう1度飲み込んで、いつもの声音と表情でイグールへと向かい合った。 「除隊ではなく、検討中である理由はなんだ」 「……未熟な部分も多い者ですが、優秀な者ではございます。もし可能であるならば育ててみたい者ではあります」 「それならば連れて来い。あとは本人へ意思を聞く」 「よろしいのですか?」 「あの日に私が求めた処罰は終えている。隊員の処遇は基本的に部隊長であるお前達の管轄だ。お前がそう判断したのならば、それが結果ということだろう」 「ありがとうございます!」 「だが、部下の不始末はキサマにも回ってくるぞ。それも踏まえての判断だと、いうことだな」 「はい」 「なら、早急に連れて来い」 そう言ってギガイが踵を返す。 レフラがあの武官を気にしている以上、訓練を開始させることもできない。だからといって無駄に潰せる時間もないのだ。 「はっ!」 イグールが一礼をして去っていく気配を確認しつつ、ギガイは壁際に設えられた小上がり部分へ腰を降ろした。 「ギガイ様……」 「……お前のせいではなく、あの者の力不足だというのに、なぜお前がそこまで落ち込むのかが、私には全く理解ができん」 伺うような目を向けるレフラに小さくそう言えば、居たたまれなさを感じたのだろう。 「申し訳ございません……ギガイ様の判断に口を出すようなマネをしてしまって……」 聞こえてきたのは、ギガイの名前を呼んだ時よりも、さらに消え入りそうな声の謝罪だった。 「聞いていただろう。決めるのはあの男と本人だ。お前が決定をねじ曲げた訳ではないのだから、そこは気にする必要はない。だが……」 「だが……?」 「お前は私の御饌だと言うのに、なぜ他の者へそんなに心を砕くのだ。それが最も不快だと分かれ」 そばへ準備されていたクッションとカップを引き寄せる。その動きに近付こうとしたリランを片手で制止しながら、ギガイが手ずからレフラに茶を注いでやる。 そのお茶を受け取りながら、一瞬ギガイの言葉にレフラが顔を赤らめた。だが向き合ったギガイから、いつもの柔らかい雰囲気がなかったからだろう。 レフラが戸惑ったような表情で、お茶のカップに口を寄せた。 「この辺りの話しは後だ。とりあえず、あの男の処遇はお前が責任を感じることは、もう何も残っていない。だからこれ以上は考えるな」 「……は、い……」 「分かったなら良い。取りあえずお前はその茶を飲んで待っていろ」 大きなクッションを膝の上に抱えさせて、ギガイがリランの方へ視線を投げる。距離をとっていたため、会話は全く聞こえていないと分かっている。 話しは終いだ、持って来い。 そんな風に呼びつけるギガイの手に従って、離れていたリランとエルフィルが近付いてくる。そして差し出された書類を、器用に片手で受け取った。 片腕にレフラを抱いたまま、書類をギガイが捲り出す。 「ギガイ様、お邪魔でしょう? 私は横へ退いております」 「このままで問題ない。離れるな」 片手で書類を捌きながら、いつものように端的に返した言葉だった。だがその音がどことなく冷たいのを、ギガイ自身も感じていた。 恐らくレフラも同じように感じたのだろう。戸惑うような様子が腕の中から漂ってくる。 怯えさせたい訳ではない。苛立つ感情のままにぶつけてしまえば、ろくなことには成らないのだから。 ギガイは書類を持つ手とは反対の手で、いつものように優しくレフラの頭を撫でた。 その感触はレフラを安心させたのだろう。ホッと力が抜けたのが、もたれる重みから感じられた。

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