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第47 抱いた悋気 4
「視察に回られる予定のエリアの店舗について、取引情報を書き出したのがこちらになります」
「他に白族が関わる場所は?」
「こちらになります」
エルフィルが追加で差し出してきた分をペラペラとめくる。その中の何点かを指示したギガイが、残りの書類の可否決や追加資料の提出を命じていく。そのまま受け取った分を一通り確認し終えた頃、イグールに伴われて若い武官が入ってきた。
そのままギガイの前に歩みを進めて、その武官が跪く。その男を一瞥し、手元の資料をリランへ渡す。
武官の方へ向き直りながら、抱え直したレフラの身体は緊張しているようだった。
『これ以上は考えるな』
そう伝えたはずなのだ。
それにこの者がどうなろうと、レフラの日々に何の影響も発生しない。そんな程度の相手だった。
(それなのにどうしてお前が行く末を案ずる?)
今すぐにでもそうやって問い詰めたい。そんな苛立った雰囲気を押し殺す。
「私は2回猶予を与えてやるほどに情け深くはない。次に事が起これば即処分する」
ただ、向けた声はひどく冷え冷えとした声にはなっていた。
「はい……」
返事をする武官の顔は強張っている。処刑の宣告をされている状況なのだ。その反応も当然だろう。だがこれは脅しではなかった。
2度目の失態があったのなら。それがどんな内容だとしてもこの男を殺すことをギガイは少しも躊躇わない。だからこそ。
「どうするのかはキサマが決めろ」
そのまま怖じ気付くなら、それはそれで構わなかった。
武官を辞めてただの黒族の民として市井で暮らすだけならば、ギガイと直接関わることもないだろう。
死へのステップは確実に上がってしまった状態だった。そんな中で生き長らえたいとこの武官が思うのなら、それが最も望ましい生き方だった。
(そもそもレフラのことに関わりなく、2度も失態を繰り返すような無能な者など、不要だからな)
それは失態を繰り返すことが、というよりも。その程度の自分の能力に合った、相応の場所を見極めきれていないこと自体が問題なのだ。
自分の力を過信して、分不相応な場所にしがみ付く者ほど厄介な者はいない。
だからこその宣言だった。
「こ、このまま近衛隊に置いて下さい」
それでも頭を下げる武官に、ギガイが目を細める。
「それなら訓練へ戻れ。この中で1番死に近いのはキサマだからな、せいぜい鍛錬することだ」
「は、はい! 努めて参ります!!」
ギガイの視線が一瞬だけイグールの方へ向き、顎で男を指す。これ以上は興味が失せたと視線を外して、エルフィルが持つ残りの書類へ手を伸ばした。
「改めて体勢を整えてこい」
「かしこまりました」
イグールがいったん頭を下げて立ち上がる。そのまま再び頭を下げた武官の目が、ギガイのそばに立つエルフィルの姿を認めたようだった。
その途端、ビクッと身体を震わせていた。
報告によれば、鍛え直せと言い捨てて立ち去った後に相手を務めたのはエルフィルだったはずだ。
報告された結果は、鍛練の過酷さをそこそこ感じさせる内容だった。そのため、内容の詳細までは追ってはいない。
(この様子を見る限り、かなりの扱いだったようだな……)
近衛隊の日々の訓練の厳しさは際だっている。
その武官相手にトラウマを植え付けるような鍛練など、相手を務める負担を考えても、簡単にできはしない。
(リュクトワスがレフラの護衛へと推薦したような男達だ。それなりに使えるということか)
エルフィルやリラン、この場にはいないラクーシュの3人を思い浮かべる。
確か、手合わせをしてやる予定を以前立てたはずだった。その後のトラブルでそのまま予定が流れたままになっていたことを思い出す。
(祭りの後にでもしてやろう)
そんなことを考えていたギガイのそばへ再びイグールとヴォルフが跪いた。
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