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第48 抱いた悋気 5

「もう始められそうか?」 「はい!」 2人から帰ってきた返答に、ギガイがレフラの茶器に手を伸ばす。 「だ、そうだ。お前も今度はしっかり集中してやってこい。要らぬ雑念はケガの原因になるぞ」 立ち上がったギガイへレフラが嬉しそうに返事を返した。さっき向けられた笑顔とは全く違う、いつもの朗らかな笑顔だった。その表情に複雑な気持ちになりながら、ギガイは腕の中の身体をイグールとヴォルフの前で床へ降ろした。 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆ 2回目となればさすがにレフラの見た目で油断して、開始早々に鈴を取られるような者はいなかった。それでも前回以上にだいぶ苦戦している様子だった。 どうやら何でもありのレフラに反して、近衛隊の人達はレフラを無傷で捕獲することが条件となっているらしい。 こんな方法で鍛練に役立つのか聞いたレフラに。 『下手に接触や傷を付けるわけにはいかない魔種もいる。そんな相手への鍛練としてちょうど良い』 ギガイがそう言いきってしまうのだから、レフラとしてはそんなものかと思うしかなかった。 でもただでさえ小柄でスピードが速くて、だいぶ身軽なレフラなのだ。手を出せない状況で囲い込むのは難しいのだろう。一瞬の隙を突いて武官の後に回り込む。1人、また1人と鈴を奪い取っていく。 そうなれば陣形を保つことも難しく、気が付けば残り数名の武官だけがレフラの周りを囲っていた。 その中に見覚えがある武官が1人。レフラが今日、ずっと探していた武官だった。 (小隊長のイグール様が言っていた、有能というのは本当なんでしょうね) だって、この状況まで生き残っている状態なのだ。経験の乏しさで前回のようなミスをすることがあっても、基本的な能力は悪くないということなのだろう。 現に右に左にと隙を狙いながら、踏み込もうとするだけで、彼も即座に対応してくるのだ。そのため鈴を狙うことが難しかった。 (この方には負けたくないのに~~!!) あの後の状況を思うと。 もう武官としては、十分すぎる処罰が行われているとレフラは思っている。 それでも、あの日のことを思い出すと。 やっぱりレフラ個人としては、悔しくて仕方がないのだ。 だからこそ、そんな彼をどうにか出し抜いてやりたいのだ。だから彼の横をすり抜けて、後に回り込むことができないか。一生懸命考えてみる。 それなのに、あまりに見つからない隙と、その間にもジリジリと迫ってくる他の人達の姿に、レフラの気持ちはだいぶ焦ってしまっていた。 (私にも威圧が使えたら、手っ取り早く同じ方法を使うのに!) そんな中、ふっと湧き上がった案だった。 威圧が使えない自分だけど、この方法ならきっと同じぐらいの効果がある。そんな浮かんだ名案に、レフラは目の前がパッと明るくなったようだった。 とても卑怯な方法だと、正直思わない訳じゃない。 でも立場や使命などで身を弁えなくてはいけない状況でもなければ、やっぱりやられっぱなしで終わってしまうのは悔しかった。 そもそも。そこで素直に飲み込めるような柔軟さやしおらしさを持てているなら、きっとこの身体の育ち方さえ違っていただろうと思うのだ。 (それでもギガイ様は『お前らしくあれば良い』って言ってくれたんです) きっと許してくれる人のそばだから。 こんな風に偽らない自分でいられるのかもしれない。 (じゃなきゃこんな方法を取るどころか、考えつきもしなかったですよね) そんな風に考えながら、フッとレフラが視線を外した。そのまま、隙を狙うように見つめていた目の前の武官から、武官の背後へと目を向けた。 「ギガイ様?」 いったいどうしたのか? えっ? といった表情が顔に浮かぶ。 そんなレフラの突然の様子に驚いたように、目の前の武官を含めて、周囲にいた武官達がレフラの視線の先を追う。 ギガイのレフラへの対応を目の当たりにしている上に、絶対的な存在として、日々擦り込まれている主なのだ。しかも目の前の武官にすれば、さっきまで恐怖を感じていた対象だった。きっとものすごい緊張が走ったのだろう。 背後を確認する顔は、少し引き攣った表情だった。

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