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第49 抱いた悋気 6
思っていた通りの反応に、レフラはフフッと小さく笑って、その武官の前に踏み込んだ。横顔を跳ね上がった先の踏み台にして、若い武官の頭上を越える。
「クッ!!」
その武官が顔面を押さえた一瞬だった。もう一度地面を踏み込んだレフラは、鈴を奪い取って跳ね|退《の》いた。
「私は威圧は使えないから、ギガイ様のお名前で仕返しです!」
やっとで奪い取れた鈴を嬉しそうに振りながら、何度か後ろへ跳ねて、素早く距離を取って行く。
レフラのその声と見せつけるように振った鈴に、ようやく騙されたと気が付いたのだろう。驚いたような表情でこちらを見ている武官へレフラがふふん、と笑って見せた。
その直後に時間を告げる笛が鳴り響き、制止の声が掛けられる。
一斉に動きを停止して、最後まで残っていた武官達がレフラへ向かって整列をした。その近衛隊の面々に、レフラが満足げにペコッと頭を下げたタイミングだった。
プッ。
ックク。
ッククク。
パラパラと聞こえてきた音が少しずつ重なっていく。その音が笑い声なのだと気が付いたのは、レフラが頭を上げて目の前の武官達を見てからだった。
(皆さん笑ってる? なんで?)
整然と整列していた屈強な男達が、必死に押し殺すように笑っているのだ。しかも周りを見回せば、離れた位置で待機していた武官達も同じような状況だった。
思わぬ状況にレフラは唖然としてしまう。
(さっきのことで笑ってるんでしょうか……?)
レフラとしてはただ前回の仕返しをしただけなのだ。しかもギガイの権威を借りるみっともなさや卑怯さを感じながらのことだった。
それでも前回の暴力的な威圧と比べればこれぐらいは許されるはずだろう。そんなことを考えながら行ったことに対して、なんでこんな風にみんなが笑っているのかが分からなかった。
取り敢えず嘲笑染みた笑いではなく、純粋に面白いモノを見た時のような、微笑ましいと思っているような笑顔だったことが救いだった。
(でもここまで、皆さんが吹き出すようなことをしたでしょうか……?)
やっぱり心当たりがなくて、レフラは困ったようにコテンと首を傾げてしまう。そんなみんなが笑いを押し殺す中、戸惑っているのか微妙な表情を浮かべた例の武官と目が合った。
(何か私に御用でしょうか……? もしかして、さっきのことでしょうか?)
何か言いたげな様子に、一瞬だけさっきの仕返しに対することかと思い浮かべる。だけど、ギガイを前にして、さすがに自分へ文句を言うような無謀なことをするようには思えなかった。
(ギガイ様の影に隠れてワガママをしているみたいで格好悪いですけど……)
ちょっと情けないな、と思いながらも、それが実情なのだから仕方がない。とりあえず緊張にコクッと唾を飲み込んで。
「あ、の……何か……?」
レフラの方から声を掛けた。
このまま黙って待つよりは、自分の方から聞いてしまった方が楽なのだ。その途端、若い武官がホッとしたような表情に変わる。
話しかけられて安堵した様子に、話しかけられるのを待っていたことに、レフラはようやく気が付いた。
(そういえば、リュクトワス様達でさえ、始めの頃はギガイ様に許可を取ってから、私とはお話しされてましたっけ?)
イグールやヴォルフと話した様子からも、きっとレフラから声を掛ける時以外は、彼等からはレフラへ直接話しかけることはできないのだろう。
「あの日は本当に申し訳ございませんでした!」
そんなことを考えていたレフラの前で、若い武官が腰を綺麗に折って頭を深々と下げていた。その言葉にレフラがパチパチと目を瞬かせた。
(えっ……謝りたかった、だけ……なんですか?)
でもたったいま、やり返してしまった直後なのだ。それだけに、真っ直ぐに向けられた謝罪がどうにも気まずくて仕方がない。レフラはどうしよう、と視線をうろうろと彷徨わせた。
そんなレフラの様子が、なぜかまた笑いを誘ったのか。ますますこみ上げてくる笑いを堪えるように、赤い顔で口元を押さえ出す者さえもいた。
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