253 / 382

第50 抱いた悋気 7

「あ、あの。もう良いので頭を上げて下さい。本当に、大丈夫ですから、頭を上げて。お願いします」 思ってもいなかった状況があまりに居たたまれなくて、レフラの言葉に戸惑う様子の武官へ、どうにかお辞儀を解いてもらう。 レフラはそんな彼の前に奪い取った鈴を差し出して、躊躇いがちにチリンと鳴らした。 「もう良いです。さっきのでお相子です」 言葉と一緒にレフラの顔へ、気まずそうな笑顔が浮かぶ。 そんなレフラに少し目を大きくしたその武官が、また頭を下げてしまった。 「私を気に掛けて頂いていたと伺いました。ありがとうございます。まだ未熟者ではありますが、命をかけてでも、しっかりお守りできるように精進してまいります」 だから、その言葉をいったいどんな表情で告げているのか、顔が隠れてしまったため分からなかった。少し湿ったような声にも聞こえた気がしたけれど、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。 謝罪か、感謝か、はたまた別な感情か。 言葉の真意は全く分からない。だけど、どんな意図だったとしても、それはレフラには不要なものだった。 「ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。ギガイ様がいて下さいますから」 ふふっと笑って、レフラは横に首を振った。 そう言ってもらえるのは有り難かった。人から向けられる好意なのだから、純粋に嬉しいとは思っている。でも。 それだけのモノをかけてくれるなら、同じように返したかった。だけどレフラがそう思うのは、この武官相手ではない。 それだけ想って欲しいのも、想いを返したいのもギガイ以外にはいなかった。 「だからそんな風に想って下さるのなら、黒族の皆さんを守ってあげてーーー」 そこまでレフラが告げたタイミングで、不意に目の前の武官達が慌て出す。表情を引き締め、姿勢を正して、レフラの背後に顔を向けた。 (えっ?) 突然の変化にレフラが目を白黒させながら、思わず言葉を飲み込んで、後ろを振り返ろうとした時だった。 「終わったのなら、さっさと戻って来い」 その声と目の前の武官達の動きと、どちらが先だったのかも分からない。 どことなく冷たく感じる声が聞こえてきて、かしこまった武官達が、一斉に片膝をついて頭を下げた。 「わっ!」 突然身体を引かれる感覚に、思わず声が出てしまう。 それが回された太い腕によるものだと認識した頃には、身体はすでに抱え上げられ、視界は高くなっていた。 (こんなにそばまで来ていたなんて……!) 毎回のことながら、跳び族の自分が全く気が付けなかったのだ。今日もまたいつの間にか後ろに立っていたギガイに驚いて、レフラは唖然と見つめてしまう。 そんな視線の先にあるギガイの眼光が、複雑な色に染まっていた。 絡み合った眼差しが、鋭く細められている。いつもならレフラへは向けられない、冷たい苛立ちを感じる眼にヒクッと喉が緊張で鳴った。 (……でも……蜂蜜色の瞳なのに……) 怒っていると思うには、かつて見た瞳の色とも違っていて。そんないつも通りの柔らかい色の瞳には、鋭さに反して愛しんでくれる感情は見えるようだった。 「ギガイ、様……」 何でそんな眼をしているのだろう。そんな想いで呼びかけた名前だった。 だけど応えてくれる気はないのだろう。 最近なら素早くレフラの感情を汲み取って、言葉を重ねてくれたり、優しい手で触れてくれるギガイが今は、眼差しさえも和らげてくれるような様子はなかった。 「あ、あの……威圧の代わりに、お名前を使ってしまって、怒ってますか?」 心当たりがあることといえば、たった今の行為なのだ。 「お前相手にこれぐらいで怒りはしない」 返ってきた返事に、それならなぜ? とますますレフラは混乱してしまった。

ともだちにシェアしよう!