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第50 抱いた悋気 7
「あ、あの。もう良いので頭を上げて下さい。本当に、大丈夫ですから、頭を上げて。お願いします」
思ってもいなかった状況があまりに居たたまれなくて、レフラの言葉に戸惑う様子の武官へ、どうにかお辞儀を解いてもらう。
レフラはそんな彼の前に奪い取った鈴を差し出して、躊躇いがちにチリンと鳴らした。
「もう良いです。さっきのでお相子です」
言葉と一緒にレフラの顔へ、気まずそうな笑顔が浮かぶ。
そんなレフラに少し目を大きくしたその武官が、また頭を下げてしまった。
「私を気に掛けて頂いていたと伺いました。ありがとうございます。まだ未熟者ではありますが、命をかけてでも、しっかりお守りできるように精進してまいります」
だから、その言葉をいったいどんな表情で告げているのか、顔が隠れてしまったため分からなかった。少し湿ったような声にも聞こえた気がしたけれど、もしかしたら気のせいだったのかもしれない。
謝罪か、感謝か、はたまた別な感情か。
言葉の真意は全く分からない。だけど、どんな意図だったとしても、それはレフラには不要なものだった。
「ありがとうございます。でも、私は大丈夫です。ギガイ様がいて下さいますから」
ふふっと笑って、レフラは横に首を振った。
そう言ってもらえるのは有り難かった。人から向けられる好意なのだから、純粋に嬉しいとは思っている。でも。
それだけのモノをかけてくれるなら、同じように返したかった。だけどレフラがそう思うのは、この武官相手ではない。
それだけ想って欲しいのも、想いを返したいのもギガイ以外にはいなかった。
「だからそんな風に想って下さるのなら、黒族の皆さんを守ってあげてーーー」
そこまでレフラが告げたタイミングで、不意に目の前の武官達が慌て出す。表情を引き締め、姿勢を正して、レフラの背後に顔を向けた。
(えっ?)
突然の変化にレフラが目を白黒させながら、思わず言葉を飲み込んで、後ろを振り返ろうとした時だった。
「終わったのなら、さっさと戻って来い」
その声と目の前の武官達の動きと、どちらが先だったのかも分からない。
どことなく冷たく感じる声が聞こえてきて、かしこまった武官達が、一斉に片膝をついて頭を下げた。
「わっ!」
突然身体を引かれる感覚に、思わず声が出てしまう。
それが回された太い腕によるものだと認識した頃には、身体はすでに抱え上げられ、視界は高くなっていた。
(こんなにそばまで来ていたなんて……!)
毎回のことながら、跳び族の自分が全く気が付けなかったのだ。今日もまたいつの間にか後ろに立っていたギガイに驚いて、レフラは唖然と見つめてしまう。
そんな視線の先にあるギガイの眼光が、複雑な色に染まっていた。
絡み合った眼差しが、鋭く細められている。いつもならレフラへは向けられない、冷たい苛立ちを感じる眼にヒクッと喉が緊張で鳴った。
(……でも……蜂蜜色の瞳なのに……)
怒っていると思うには、かつて見た瞳の色とも違っていて。そんないつも通りの柔らかい色の瞳には、鋭さに反して愛しんでくれる感情は見えるようだった。
「ギガイ、様……」
何でそんな眼をしているのだろう。そんな想いで呼びかけた名前だった。
だけど応えてくれる気はないのだろう。
最近なら素早くレフラの感情を汲み取って、言葉を重ねてくれたり、優しい手で触れてくれるギガイが今は、眼差しさえも和らげてくれるような様子はなかった。
「あ、あの……威圧の代わりに、お名前を使ってしまって、怒ってますか?」
心当たりがあることといえば、たった今の行為なのだ。
「お前相手にこれぐらいで怒りはしない」
返ってきた返事に、それならなぜ? とますますレフラは混乱してしまった。
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