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第51 抱いた悋気 8

「それに怒られない、と分かってやったんだろ?」 「あ……え~と……はい……ごめんなさい……」 確かにそう思ってのことだった。でもレフラが思った反応と武官達の反応さえ、色々違ってしまったのだ。それに向けられたギガイの眼も想像していたものとは違っている。 「それにしても、私を代替品扱いするとはな。そんなことをするのは、お前ぐらいだ」 「……申し訳ございません……」 「構いはしないが、あまり負けん気が過ぎると、自分自身を危険に晒すぞ。それだけはしっかり覚えておけ」 「はい、気をつけます……」 窘める言葉の中身はいつもの言葉と大差はない。でも声音の冷たさと、眼差しの柔らかさが違うだけで、ギガイの言葉はだいぶレフラを落ち込ませた。 「今日は終いだ。戻るぞ」 そんなレフラへ掛けられた声も、日頃は聞かない冷たい音だった。 どうしていつもと違うのだろう。 何も答えは得られないまま、ギガイの視線はそっけなくレフラの方から外された。 「……はい」 あの武官との会話が途中だったけど。だけどギガイのそんな眼を目の当たりにすれば、気になってしまうのはやっぱりこの主のことだけだった。 ギガイはそれ以上は何も言う気はないといった雰囲気で、黙ったまま扉の方へ歩き出した。出口付近には、イグールとヴォルフが頭を下げて控えている。 「鈴を取られたヤツらには、前回と同じ鍛練を追加しておけ」 「承知致しました!」 足を止めずに指示を出し、リラン達が開けて控えている扉からそのまま通路に進んでいく。その後を護衛の2人が無言で後に付いてきているようだった。 カチャカチャと防具と剣が掠れる音が後の方から聞こえてくる。 訓練棟から中の間の入口まで直接繋がるこの通路は、族長専用の通路だった。出入口に立つ衛兵以外は、当たり前だが誰もいない。響く2人の防具の音が、そんな通路の静けさをより一層引き立たせていた。 腕の中から仰ぎ見たギガイは、相変わらずこちらを向いてくれる気はないようだった。顔も険しく見える気がしていた。これは怒っているのか、はたまた苦悩の色なのか。 でもギュッと身体を抱える腕の力の強さからも、やっぱり機嫌は良いようには思えなかった。 困惑したままレフラは自分の手を握り締めた。 聞きたい事は色々あった。 色々な感情が混じり合ったようにも見えていた、ギガイの眼が気になっていた。 なぜだかあの眼を思い出すと胸の辺りがギュッと締め付けられるような気がしてくる。 いつだって迷うことなく決断を下す姿を見てきていた。そんなギガイに限ってと思いはする。それでもあの眼が入り乱れた心のせいな気がしてしまうのだ。 (ギガイ様を相手に、そんな風に思ってしまうことは、失礼なのかもしれないですが……) それでも割り切れない想いを抱えているように見えていた。 (その中の1つは間違いなく私への怒りだと思うんです……) そうでなければ、いまギガイから向けられている、この態度の説明ができないのだ。 いつもの宮で2人きりなら聞けただろう。 でも公の場所で、他人の眼がある状況なのだ。ギガイが応えてくれるかどうかを別にしても、こんな所で尋ねる勇気は、レフラの中には全くなかった。 (いったいどうしたら良いんでしょう……) このまま執務室に戻ったとして、いつものようにギガイのそばで過ごすことがツラかった。 (せめてちゃんとお話しができる状況なら、良かったのに……) そうやって考えている内に、中の間の入口に辿り着いたようだった。 「お前達はここまでで良い。必要があれば呼ぶ。その書類をリュクトワスへ渡してもう今日は下がってろ」 「かしこまりました」 だけどそのまま中の間の執務室へ向かうと思ったギガイが、反対の方へと歩き出していた。

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