276 / 382
第73 雨季の終わり 5
「今までなら、確かに休みを取れる状況ではなかったんだがな……」
一体どうしたのだろう。
そう言ったギガイは、険しい表情を浮かべていた。
「ギガイさ……?」
ついさっきまで穏やかな顔をしていたのに。思い出しただけで、そこまで不快になるような何かが、あったのかもしれない。レフラは心配しながら、ギガイの名前をソッと呼んだ。そんな不安げなレフラの表情に気が付いたのか。
「今年はやたら書類や報告が上がってくるのが早くてな。おかげで時間に余裕ができた、というところだ」
安心させるように雰囲気を和らげて、苦笑染みた表情でギガイがそう言ってくる。
「……?」
それが本当に休みを取れるようになった理由なら、むしろ望ましいことに思うのだ。
それなのに、なぜあんなに苦々しい表情を、ギガイは浮かべていたのだろう。全く分からないまま、レフラは首をかしげていた。
動きに合わせて、レフラの髪がサラリと滑って煌めいた。一房掬ったレフラの髪を指先に絡ませながら、ギガイが「はぁ~」と溜息を吐く。
「どうやらお前が原因らしい」
思ってもいなかったタイミングで聞こえた自分の名前に、レフラの心臓が大きく跳ねた。
一瞬だけ(何の……?)と焦った後に、書類や報告が早くなった事かと結び付いて。今度はその理由が分からなくて、戸惑ってしまう。
「お前見たさというところと、お前がいる間の方が色々都合が良い奴らが多いようでな……」
「つご……です……?」
「あぁ」
「何が……すか?」
レフラは黒族の政について何も分かっていない。そんな何も出来ない自分がいたところで、何が変わるというのだろう?
言い辛そうに言葉を濁した雰囲気を、ギガイの方から感じていた。でも本当にレフラが聞いてダメなら、ギガイは全く伝えてこないはずだから。教えてもらえることを期待して、レフラはギガイの腕を揺すってみた。
「……お前がいることで、執務室の雰囲気が報告しやすいらしい。あとは、あの武官の一件がどう伝わっているのか。何かあれば庇ってくれかもしれない、お前がいる内に、報告を上げてしまおうという魂胆のようだ」
思ったより簡単に教えてもらえたけど。忌々しそうにそう言ったギガイが、盛大に溜息を吐き出す姿にレフラは身体を緊張させた。
「申し……ござ……ん……」
ギガイの政治の在り方に影響している、ということなのか。レフラはギガイの様子に唾を飲み込んで、とりあえず頭を下げてみる。
「いやお前のことは別によい。ただ……」
それなのに続けて聞こえてきたのは、そんな言葉だった。
(それなら何が問題なんでしょうか……?)
ギガイの気分を害す理由が分からなくて、レフラは戸惑ったようにギガイを見つめた。
ともだちにシェアしよう!