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第75 雨季の終わり 7
服を着替えたレフラは、ギガイに抱きかかえられたまま、朝食が準備されていた隣の部屋へと向かった。
昼食にデザートを大量に強請ったせいだろう。ギガイは朝だというのに、いくつも燻製肉の薄切りや腸詰めなどを、レフラの野菜の傍に添えてくる。
朝からこんなには入らない。その量に、レフラは顔を引き攣らせながら、首をフルフルと振って見せた。それなのにギガイはレフラの口元まで、それを差し出してくるのだ。
「ダメだ、食べろ」
真っ直ぐに向けられた視線から逃げられないまま、レフラは諦めて、おずおずと腸詰めをかじって咀嚼した。
跳び族は人の多さ故に、貧しさに拍車がかかっている部族だった。主食となるのは天候の変動や病気に強い雑穀で、男達が狩りなどで仕留める肉も十分な量じゃない。
御饌として黒族に捧げられる存在として、レフラ自身は十分に食事を与えてもらえていた。それでも、子どもから大人まで働き詰める一族の中で、レフラだけがろくに働いていない状態なのだ。肉や魚は手っ取り早いエネルギーになる。それなのに、1番不要なはずの自分が与えられるままに食すことができなくて、必要最低限だけ受け取っていたのだ。それさえも。
(他に食べるべき者はいるはずなのに……)
そんな言いようのない罪悪感を伴っていた。
そうするうちに、いつの間にか味自体も苦手とするようになっていたのだ。
もしレフラが残した分が捨てられてしまう様子なら、レフラももっと必死になっただろう。でも、嫁いだ当初溢れかえっていた皿数も、レフラの希望で今はだいぶ控え目で、ギガイの腹に全て収まっていた。それに。
「ギガ……様も食べ……」
こんな風に、差し出されていた腸詰めをレフラが指で摘まんで、反対にギガイの口元に差し出せば、ギガイは呆れたようにしながらも、残りは食べてくれるのだ。
行儀はあまり良くないけれど、最近から見つけた逃れ方だった。この方法なら1口か2口だけ頑張れば、後はギガイがどうにかしてくれるのだ。
そのまま差し出されては、差し返して。何度も繰り返しているうちに朝食をようやく食べ終えた。その後は|指を洗うための器《フィンガーボール》で汚れを落とした指を布で拭き取れば、いつも通りにギガイの膝に抱え直される。
「明日は日の出前から予定がある。ゆっくりできるのは今日限りだが、何かやりたいことはあるか?」
どうやら本当に今日は一日中休みらしい。こんなにずっと一緒に居られることは、1度もなかったから嬉しくなる。
「……一緒にいられるだけ…、十分です」
薬の効果が出てきたのか。食後には、声はだいぶ明瞭になっていた。伝えたレフラの答えに「そうか」と笑ったギガイの顔が、どことなく満足そうに見えて、それもまたおかしかった。
「書庫にでも行くか?」
その言葉にレフラは目を|瞬《しばたた》かせた。書類などを手にしているギガイの姿を見ることは多い。でもこういったプライベートな時に本を手に取る姿は見たことが1度もなかったのだ。
(いったいどんな本を読むんだろう……)
湧き上がる興味にレフラは大きく頷いた。愛する人の温もりに寄り添いながら、ただただ穏やかな時間を過ごしていく。
決して手に入らない、と思い続けていたそんな幸せが、当たり前のように差し出される。そんな幸せに、一瞬だけ不安がスルリと入り込んできた。
それはまるで真っ白な紙に、誤って垂らしてしまったインクのシミが広がっていくように、心の中に広がった。
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