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第80 雨季の終わり 12

慌てるレフラの身体が、ギガイに押されてトサッと地面へ倒される。 地面に降り積もった落ち葉と、防水の皮のフードが、地面へ倒れた衝撃と、レフラの身体が濡れてしまうことを防いでくれた。 「ギガイ様、待って!」 焦るレフラに反して。 「キスぐらいでどうした?」 飄々とした態度で受け流すギガイのペースに巻き込まれて、レフラは目まぐるしく変わる状況に追いつけない。 とりあえず、どうして自分は寝転がっているのか。理解しようとするレフラの上にギガイの顔が降りてきた。 そのままレフラが顔を見上げれば、ギガイの舌がレフラの唇を舐めてくる。 とっさに身体を引こうにも、地面とギガイの身体に挟まれて、逃げ出すどころか、身体を返すことさえできなかった。ここまできて、ようやく状況を理解したレフラは、驚いた表情をギガイへ向けた。 「どうした?」 違う肉厚の舌が、レフラの唇に触れてくる。いつもと違う感触に、身体がどうしても緊張してしまう。それでも同じギガイだということは、ちゃんと分かっているのだから。レフラは恐る恐る舌を伸ばして、ギガイの舌に触れ合わせた。 軽く何度か擦り合わせるだけで、ギガイはもともとキスを深める気はなかったのかもしれない。戯れのように触れ合うだけで、ギガイは始まりと同じように突然スッと身体を引いた。 「お前はこの姿の私へも、普通に応じるのだな」 そのままギガイが四肢を折って、レフラのそばへ横たわる。 「だって、どちらもギガイ様ですから」 思ってもいなかったタイミングの、突然のキスに驚きはしたけど。変化した姿を理由に断る気は、レフラの中には全くなかった。 レフラは転がったままだった身体を起こして、ギガイの方へとにじり寄る。そのままギガイの首筋に腕を回し直して、その身体へもたれ掛かった。 「そうか」 柔らかな声が聞こえて、ギガイのふさふさな大きな尻尾が右に左にと大きくゆったりと揺れている。嬉しそうに、穏やかに揺れているその尻尾に、レフラの口元が緩んだ。 「そろそろ、上を見上げていろ」 「上ですか?」 その言葉に、ギガイへもたれたまま顔を空の方へ向けてみる。大樹の枝葉が空を覆うように張り広げられて、日の出前のいまは、闇が広がるだけで何も見えなかった。 「……上がどうか……」 どうかしたのか? そう聞こうとしたレフラが、続きの言葉を飲み込んだ。 「あぁ、日が昇り始めたみたいだな」 枝葉の間から日の出の光が零れ始める。枝葉が纏う雫だろう。それが光を受けてキラキラと数多に輝いていく。暗かった空間に灯る光の粒達を、レフラは目を見開いて見つめていた。 「今日はちょうど雨季が明けたが、ここは雨季の時期でも、なぜかこの時間だけは雲が晴れる。そうすると、こんな風に雨粒が光を受けて、この樹自体が光を纏ったような姿になる」 そう言ったギガイが「いつかこの光景を、お前と見たいと思っていた」と穏やかな声で続けた。 そんなギガイの言葉が雨が大地に染み渡るように、ゆっくりと心の中に染み込んでくる。 「光を受けた雨粒が、綺麗だろう」 変化した姿では表情なんてほとんど変わらないはずなのに、レフラへ視線を向けたギガイは、穏やかに微笑んでいるようだった。 「はい……」 この景色が。ずっと望んでいてくれたギガイの目が。あまりに綺麗で、レフラは胸が締め付けられる。 「……また、一緒に見たいです……」 「あぁ、これからは毎年、雨季に共に見よう」 ギガイとの約束は、甘く、どこか切ないような痛みを感じながら、交わされた。そんな心の痛みを甘受して、レフラはこれからの日々に想いを馳せて、目の前で煌めく光の粒に目を細めた。 それは静かで、穏やかな。 この先を知らない2人の、平穏な一時だった。

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