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第79 雨季の終わり 11

雨季が終わりを迎えたのだろう。雨が上がった中、|変化《へんげ》したギガイの背に乗せられて、連れてこられたのは開けた高台だった。 「ギガイ様、ここは?」 そこに根付いた1本の樹木は、黒族の武官が何人居れば囲むことができるのか、分からないぐらい太くてだいぶ大きな樹木だった。 「以前約束しただろう。雨上がりの朝にしか見られない光景を見せてやると」 ギガイが身体を屈めて、背中からレフラを地面へ降ろした。その言葉に、レフラは雨季に入る前のギガイとのやり取りを思い出した。 ほんの数ヶ月前のことなのに、想いがすれ違っていたあの日々は、もうだいぶ昔のことに感じてしまう。 (きっと、あの頃とだいぶ変わっているから、そう感じているのかもしれない……) 互いに必死になったあの日々には、ギガイにしてもこんな穏やかな時間を一緒に過ごしていけるとは思っていなかったはずなのだ。 その頃に感じていた切なさは、思い出せばまだ胸の痛みを産むけれど。それでも。いま当たり前に与えられ続けている愛情に、包み込まれたようで、あの日々の記憶も痛みもどこか霞がかかったように遠かった。 「……ありがとうございます……」 だから、レフラはあの日々の記憶に落ち込んでしまうよりも、これだけ多忙なギガイが、日常の会話の中で交わした程度の約束を、覚えてくれていたことが嬉しかった。 獣化したギガイの首に手を回す。見た目よりも柔らかい毛はフサフサとして、腕を回したレフラの顔がポスッと埋もれてしまう。 「ふふっ、気持ち良いです」 「こら、遊ぶな」 ギガイが鼻先でレフラの身体を引き離す。思いがけず咎められて、拒否されたような状況に、レフラはしょんぼりと顔を俯けてしまった。 「お嫌でしたか? すみません……」 確かに、獣人として進化をしたいま。好んで獣の形を取る者はほとんどいないのだから、この姿はギガイにしても本意ではないのかもしれない。 日の出前にここまでレフラを連れてくるために止むを得なかったとはいえ、騎獣の真似事までさせている状況なのだ。 覇王として君臨するギガイにとっては、この姿にベタベタ触られるのは屈辱的なのかもしれなかった。 (でも、ずっと触れてみたかったんです……) 初めて見た時から、すごく綺麗で格好良くて。レフラを守るように立ってくれて。 この姿もギガイなのだと感じるからこそ、いつものように擦り寄ってしまっただけだった。 「あっ、待て。嫌だと言っている訳じゃない。落ち込むな」 レフラの姿に焦ったような声が、ギガイの方から聞こえてくる。 「触れるな、と言っている訳じゃなくて、こうも近いとキスも出来ずに困るから言っているだけだ」 そう言って、俯いてしまっていたレフラの顔を、ギガイの鼻先が今度は下から押し上げた。 「えっ、キス……?」 聞こえた言葉を繰り返したレフラの目の前には、ギガイの金色ががった眼があった。 「あぁ、この姿ではいつものようにお前を抱き寄せることも、顔を向けることもできないからな」 分かったか? そんな風に言いながら、ギガイの肉厚な舌がペロッとレフラの唇を舐め上げた。キョトンとギガイを見つめていたレフラの顔が、唇の隙間にギガイの舌の感触を感じた瞬間に熱くなった。

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