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第78 雨季の終わり 10

フッ、と息が漏れるような、小さく笑う音が聞こえてくる。 「今日は1日、よく笑っていたな。楽しかったか?」 レフラの頭を撫でながら、降ってくるギガイの声は柔らかかった。胸に顔を埋めた状態では、向けられた瞳までは見えないけれど、きっといつもの優しい蜂蜜色をしているのだろう。 その目をはっきりと見たくても、顔を上げるためにこの胸から離れてしまうのも惜しかった。顔を埋めた状態で感じる匂いも温もりも。そして頭を撫でてくれる掌の感触も捨て難いのだ。 それでもあの目を見るのが好きで、レフラは迷いながらも結局は誘惑に抗えずに、視線だけをどうにか上げた。 「……はい、とても……ギガイ様もちゃんと、楽しかったですか……?」 「あぁ、そうだな」 そこには思った通り蜂蜜色の眼があって、柔らかい眼差しでレフラを見ていた。 「良かった……」 ふふっ。 そんなギガイを見つめ返せば、自然と口元が緩んで微笑みが漏れてしまう。 ギガイの指が、綻んだレフラの口元をなぞっていった。そのまま顔の輪郭へ指を這わせたギガイは、レフラの顎先を掬い上げ、顔を寄せてキスをした。 軽く食むようにしながら、ギガイの唇が何度も触れては離れていく。その感触を追いかけて、身体を持ち上げたレフラが、首を伸ばしてキスを返す。 まるで小さな動物が、ペロペロと舌先で舐めて親愛の情を示すように、軽く唇や舌先だけが擦り合わされる。そんな戯れのようなキスだった。何度も繰り返しながらも、深まる様子がない穏やかなそのキスは、揺蕩うように流れていった今日の時間の幕引きに、相応しいようだった。 最後にギガイが食んでいたレフラの唇を優しく舐めて、チュッと音を立てて唇を離した。 「明日の朝は早い上に、明日からは当分の間、また忙しくなる。今日はもう眠るといい」 ギガイがその言葉と一緒に、レフラの身体を胸元に抱き寄せた。初めてここで温もりを感じたあの日のように、レフラの耳にドクドクとギガイの鼓動が聞こえてくる。 (あの日はこの音が、何の音なのかも分からなかったのに……) 今では子守歌のようにレフラの耳に馴染んでいた。背中に添えられている掌が、トントンと背中を優しく叩いていた。その温もりと穏やかなリズムに、レフラの眠りが誘われる。 「ギガイ様も……早く眠って……下さいね……おやすみ、なさい……」 本当はギガイが眠るまで起きていたかった。だけど、あまりに体力に差があるせいなのか。その願いが叶ったことは1度もなかった。 ずるずると眠りの中へと落ちていくレフラの耳に、天蓋が下ろされていない寝台の中で聞こえていた雨音が、少しずつ遠ざかっていく。 「あぁ、おやすみ」 ギガイのそんな声が聞こえた気がして、そのまま優しい闇がレフラの意識を飲み込んでいった。

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