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第88 艶やかな毒 1

足を引っ張る存在にはなりたくない。そう言って、渋るギガイを説得して、どうにか視察に向かってもらった直後だった。 「大丈夫ですか?」 頭上から、リランの声が聞こえてくる。レフラがその声に上を向く。護衛のためにレフラを囲っているリラン、エルフィル、ラクーシュの3人が、心配げな表情で見下ろしていた。 「はい、大丈夫です。少し逆上せてしまったんだと、思います」 突然、店の外へ出たのは、レフラの体調が理由になっている。目眩を起こしてしまったため、外の風に当たらせた。という事になっているのだ。 「すみません。ご無理をさせてしまいました」 レフラの反応見たさに、あれこれと商品を差し出して、構い続けていた事を言っているのだろう。落ち込んだ様子でそういったラクーシュと一緒に、リランやエルフィルまでも頭を下げてきた。 「止めて下さい! そんな風に頭を下げないで下さい!!」 そんな3人に、途端にレフラが慌て出す。だって本当は体調なんて悪くない。あの花の事を告げることができないから、こうやって嘘を吐いているだけなのだ。それに何よりも。3人からずっと向けられていた気遣いが、レフラには嬉しかった。 「色々な物を見せてくださったり、説明をしてくださったり、とても楽しかったんです!」 ギガイの腕の中にいる状態のレフラへ話しかける事は、本当はとても緊張だってするだろう。それでも3人は変わらない態度でいてくれたのだ。 「ずっと好奇な目で見られているので、ラクーシュ様やエルフィル様、リラン様が、いつも通りお話しをして下さって、とても安心できたんです」 それなのに、伝えられない事実を隠すために吐いた嘘で、謝罪をさせてしまうなんて。 「だから、お願いです。そんな風に頭を下げないでください」 眉尻が下がった情けない顔で、レフラは逆に懇願をした。それに併せて、ペコッと頭を下げてしまう。 「レフラ様、ダメです! 頭を上げてください!!」 その様子に慌てたのは、今度は3人の方だった。いくら護衛兼用聞きとして、常にレフラの側にいて、他の者達とは違う対応を許されていたとしても、ギガイの寵妃に頭を下げさせる訳にはいかなかった。 「私共に、頭を下げる必要はありません」 「それなら、リラン様達も頭を上げてくださいますか?」 どこかで聞いた事のあるようなやりとりだった。一瞬だけ走った沈黙の後、レフラだけではなく、気が付いた3人も、思わず小さく吹き出した。 始めて顔を合わせた日の事を、同じタイミングで思い出したのだろう。 「その辺りは、以前のままですね」 クスクスとエルフィルが笑いながら言ってくる。 「以前って……まだ最近の事ですよ」 「色々な事があったので、まだ1年も経っていない、何て信じられない気持ちです」 アハハと笑ったラクーシュの脇腹を、すかさず「調子に乗りすぎるな」とリランが肘打ちをかましてくる。 「あっ、大丈夫です。本当のことですから……。あの時には、皆様にもご迷惑をお掛けしました」 そう言って笑い飛ばしてくれるラクーシュの性格は、レフラを落ち込まずにいさせてくれる。真面目なリランはそんなラクーシュにやきもきして度々怒鳴りつけていた。そして飄々と世渡りをしそうなエルフィルは、そんな2人をその度にニヤニヤと見て楽しんでいる様子なのだ。 それぞれ全く違う性格に、クセがあって。でもそんな3人だから成り立っている。この姿ややり取りを見ているのが、レフラは結構好きだった。 「最近は穏やかでお幸せそうなので、安心致します」 ニコニコと3人を見ていたレフラへ、リランが笑い返す。その言葉にレフラが「えっ」と目を見開いた。 「そうやって、楽しそうに笑っていらっしゃることが、多いですしね」 「俺達も今のお姿は、見ていて嬉しくなります」 リランの横から言ったエルフィルの言葉に、ラクーシュも頷いていた。そんな3人の言葉が嬉しすぎて、レフラは言葉が上手く出なくなる。 「ありがとうございます……」 胸が苦しくて、目の奥が熱くなって、鼻の奥も少し痛かった。でも、少しも不快じゃない。ただ、嬉しくて、幸せだった。 泣くことも、ツライと思うこともなく。いつも笑みを浮かべるように、レフラはずっと生きてきた。そんな中で、嬉しくて泣きたくなることが、あるなんて。ギガイに嫁ぐまでは、想像さえもしなかったのだ。 それなのに、初めて近衛隊との鍛練で、無茶をした時も心配して怒ってくれた。今もレフラの幸せを、自分のことのように喜んでくれた。 誰の気にも留まらずにいた自分を、気に掛けてくれる優しい人達。そんな3人に、嬉しいとちゃんと伝えきれるように。レフラは目の奥の痛みを堪えて、満面の笑みでお礼を返した。 ギガイ以外へ向けたことのない表情だったせいだろう。一瞬目を丸くした3人が、柔らかい表情に変わるのが、またレフラにはこそばゆかった。

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