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第89 艶やかな毒 2

 「だいぶギガイ様もレフラ様も、変わられましたね」 思わずポロッと漏れた言葉だったのかもしれない。感嘆したようにそう言ったリランが途端に慌てて「今の言葉は、ギガイ様へは内緒にして下さいね」と、付け足してくる。 「……お前の方が、よっぽど調子に乗ってねぇか?」 呆れたようなラクーシュを、リランが何とも言えない表情で睨め付けた。 多少の噂話をしたところで、ギガイの耳に届きようがない市井の者とは違うのだ。ギガイの直近にいながら、主を評価するようなマネをすれば、不興を買う可能性も高いだろう。 レフラ以外の者からすれば、リランの発言は、いささか無謀とも言えなかった。 「分かりました。でもそれぐらいでは、ギガイ様もお怒りにならないと、思いますよ?」 大丈夫なのに、と言うように苦笑を浮かべるレフラに、3人がまた顔を見合わせた。レフラへの対応と、周りへの対応に雲泥の差がある主なのだ。 レフラにとって全く問題がないことでも、その他の者にとっては命懸けになることさえ、実は色々と存在する。そのことは以前、リュクトワスもハッキリとレフラへ伝えていた。 だけど確かにギガイも最近は、レフラに関する者達にだけは、寛容な所を見せていた。結局はレフラが落ち込む所を見たくない。そういう事だとは、分かっている。 レフラの直近の臣下である3人は、恐らくその恩恵を最も受けるだろう。日々、レフラから寄せられる信頼から、3人にもその自信はある。だからといって、あの主相手に挑戦してみる気には全く成れなかった。 「……内緒で、お願いします……」 「はい」 笑顔を引き攣らせて、改めてそう言ったリランに、レフラが仕方ない、と笑って頷いた。 ギガイの戻りを待つ、そんな穏やかな4人の一時。そんな中に突然ざわめきが聞こえてくる。 途端にスッと3人の表情が引き締まり、レフラを綺麗に囲うように立ち位置を変えた。 目と鼻の先にはさっきの白族の店がある。そこから少しはなれたテラス付きの軽食店の一席に、レフラは腰掛けている状態だった。 レフラの座る席を中心に、近衛隊の者達が大きめに外周を囲んでいる。その中で、レフラはさらに3人の護衛に囲われていた。そんな二重に囲われている状態だから、周りからレフラの様子が見えなければ、レフラからも周りの様子は見えていない。 だけど、外周を囲む近衛隊の者と、誰かが揉めているのだろう。苛立ちを含んだ声だけは、しっかりと聞こえてくる。 「誰だ、近衛隊と揉め事を起こすバカは?」 ラクーシュのその声は、いつもの軽口を叩く時の声だった。だけど揉めている方向を睨み付ける目は、いつものように笑ってはいない。そして、それは他の2人も同じなのだ。 3人からは、ついさっきまで見ていた柔らかな目は消えている。あの若い武官の1件以来、ずっと見ていなかった鋭い眼光を湛えていた。 近衛隊はギガイの直近の武官達だ。ほぼ、ギガイの直接な指示に基づいて活動している事が多い。その武官達と揉めるということは、ギガイに楯突くことと同意になる。 そんな無謀なことを、普通の者はしなかった。だからこそ、この警戒なのだろう。 「何があったんでしょうか?」 「ああ、ほら。報告の者が来ました。少々お待ちください」 エルフィルが指差す方向に視線を向ける。3人とは異なる装備の武官が1人、こちらへ駆け寄ってくる姿が見えていた。 「お休みのところ、申し訳ございません」 「どうした?」 「白族長のナネッテ様が、レフラ様にお目通りを願い出ています。いかがされますか?」 白族長。 聞こえたその単語に、レフラの鼓動がドクッと跳ねた。

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