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第96 艶やかな毒 9
「……ギガイ様……」
無言で目の前に立ったギガイを、レフラは恐る恐る見上げてみる。陽を背にしたギガイの表情は、陰になっている。レフラに向けられた表情が見えなくて、緊張で俯きそうになるのを必死に堪えた。
そんなレフラの身体を、ギガイがいつものように抱き上げた。
そのまま片腕に抱えられ、大きな掌がいつものように、レフラの身体を支えてくる。 さっきまで人を殺そうとしていた、とは思えないほど、レフラの身体に添えられた手は、温かい。それにギガイの機嫌が悪い時に、この腕の中で感じる、据わりの悪さも全くなかった。
「正直そのまま殺しても良いぐらいだが、コレの前での殺傷は好まんからな」
今は抱え上げることだけが、目的だったのか。レフラを腕に収めたギガイが、そのまま白族の方を振り返る。視線の先ではナネッテが、臣下達に支えられ、ヨロヨロと半身を起こしていた。
そしてギガイの言葉に驚愕したのだろう。何も言えないまま、ナネッテが目を見開いていった。
『殺してやりたい』
そう言いながらも、ギガイが向けた表情からは、何の温度も伝わってこない。表情だけは冷たくても、本当は、殺してやりたい、と思うほど、強い感情を抱いていないことが、分かるようだった。
まるで、邪魔な石ころでも退かすような、そんな態度に見えるのだ。ギガイにとっては、ナネッテへ抱く感情は、結局はその程度なのだろう。
「……どうし、て……だって……今まで、ずっと……ギガイ様も、少なからず私を愛しまれて、おりましたでしょう……?」
ナネッテの言葉に、レフラが思わず身体を揺らした。その揺れを感じたのか、ギガイがレフラの手を、なだめるように握り込む。
だけど、別に傷付いてだとか、不安に思っての事じゃないのだ。ただ、ナネッテの訴えに純粋に驚いたのだ。同時にナネッテの不遜な態度の理由を、ようやく納得しただけだった。
『愛されているのだから、特別なはずだ』と。
『これぐらいは、許されるはずだ』と。
そんな想いを抱いていたのだろう。混乱している様子のナネッテが、縋るように、ギガイの顔を見つめていた。
だけど、信じられないと言うように、尋ねるナネッテへ、ギガイが向けたのは、ハッキリとした不快感だった。
「常々、愚かな女だとは思っていたが、ここまで愚かだったとはな」
族長として立つギガイは、あまり表情が変わらない。いつもなら、不快さを表す時も、冷たい目を細めるぐらいがせいぜいだった。そんなギガイがハッキリと、不快さを顔に表していた。
「……ギガイ様……?」
「私の行為の何を、そのように捉えたのかは、分からないが。だが、貴様に対して、そのような感情を抱いたことは、1度もない」
「そんな、そんな! だって、おそばに寄ることを許して下さったでしょう? 私だけは、触れても良いとーー」
「触れて良い、と許した覚えはない。勝手に触れていたのを、咎めることさえ、煩わしかっただけだ。その価値さえ、貴様に感じなかったからな」
「そ、そんな……私は、白族の長でございますよ!!」
「だから、何だと言うのだ。貴様のそういった所が、ますます煩わしい」
「ですがーーー」
「黙れ。これ以上、貴様の相手をする気はない」
なおも言い募ろうとするナネッテを、ギガイが鋭い声で黙らせた。
「あぁ、だが、貴様ら白族には、時間をくれてやる」
ギガイが、わずかに口角を持ち上げた。それは、レフラが見たことがない、冷え冷えとした笑みだった。
ギガイの臣下達だけは、ギガイが誰かを切り捨てる時の表情だと、知っていた。
言葉をギガイが切った所で、不自然な沈黙が流れていく。
突然のギガイの言葉と笑みなのだ。その場に居た白族の者達は、緊張した面持ちで続きの言葉を待っていた。
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