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第109 琥珀の刻 1

「ギガイ様、降りたいです」 「……目の届く所に居ろ」 「はい!」 一瞬耳を疑ったエルフィル、ラクーシュ、リランの3人が、慌ててレフラの周囲を取り囲む。 一晩の間に何があったのか。 渋い表情を浮かべながらも、ギガイがレフラを腕から降ろしていた。こればかりは、いくらレフラに甘いギガイでも、絶対にあり得ないと思っていた事態なのだ。 (天変地異の現れか……) (まさか、ギガイ様が錯乱した!?) (今日で黒族は滅ぶのか?) だいぶ動揺した3人が、そんな事を思ってしまうのも、仕方がなかった。 「どうしたんですか? 顔色が悪いですよ、大丈夫ですか?」 ギガイの腕から降りたレフラが、いつものように3人の前で見上げてくる。 「いえ、何でもございません」 「本当ですか……?」 「はい」 取りあえず動揺を誤魔化す為に、3人は声を揃えて言い切った。そんな3人を前に、ホッと息を吐き出したレフラは、本当に心配してくれていたのだろう。 「ムリはしないで下さいね」 薄い紗で誂えられたベールの下で、ふわっと微笑みを浮かべていた。澄んだ声音も、安堵した事を表すように、柔らかさが増している。 ギガイの様子に反して、レフラの様子はいつもと変わらない。むしろ初めて要望を聞いて貰えたためか、落ち着いて見せている雰囲気の中にも、ワクワクとした様子が垣間見えていた。 特に心配する必要がなさそうな様子に、気遣いに礼を告げて、ギガイの方へ視線を向ける。 ハッキリと浮かべた苦々しい表情は、この状況がギガイの本意でないと語っていた。それでも、この主が不本意な状況を飲まざる得ない何かが、2人の間にあったのだろう。 こちらへ軽く頷いた事を確認して、3人がさり気なく遮っていたレフラの前方から、身体を引いた。 (やっぱり、レフラ様が最強だよな……) だけど、日頃の様子を見る限り、肝心のレフラに自覚している様子はない。 「じゃあギガイ様、あっちの方を見てきますね」 心持ち嬉しさに跳ねた声に、ギガイが大きく溜息を吐いた。 「何かあれば呼べ」 溜息や声音に若干の不機嫌さを醸し出しながらも、レフラにかける声音はやっぱり特別柔らかい。初めて目の当たりにする者達にとっては信じられないのだろう。 今日もまた、口をポカンと開けた店の者達が、そんな2人を見つめていた。 「何か気になる物でも、あったんですか?」 「あっ、はい。あちらにある物を近くで見てみたくて」 レフラが指差した方に歩き出す。同時にそれぞれの役割を、無言の内に3人は互いに割り振った。 互いの性格を知り尽くしているせいか、この辺りの連携は、3人にとっては話し合う必要もろくにない。 目の届く範囲に、とギガイが言っていたのだ。その範囲を決して越えてしまう事がないように、エルフィルがギガイやリュクトワスの方に気を配る。 同時にラクーシュが周囲を見回して、店員やそれ以外の者達の動きを警戒する。 「あぁ、これは水時計ですよ」 「こんなに大きな物があるんですね」 「えぇ、下から吸い上げられた水が、横の丸い所に溜まっているでしょう。そこが時間を表して、反対の細かい突起のところが、分を表します」 日頃からレフラの教師役を務めているリランは、レフラへの説明などを行いながら、直近の安全等を確認していた。 それぞれが、最大限に警戒をしている状態だった。 それでもレフラが宮にいる時と同じように、穏やかに過ごせるよう、3人はのんびりとした雰囲気を纏っている。 そんな4人の様子は、端から見れば和やかだった。

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