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第111 琥珀の刻 3
邪魔をしないように配慮をしてくれたのかもしれない。
いつの間にか店の者も含めて、レフラとギガイから周りの人達が距離を取っていた。
「なぜだ? お前が思ったままに願えば良い」
そんな中でギガイが呆れたように片眉を上げた。
「だって……」
目の前にある水時計は、あまりに高価そうで、しかも大きな物なのだ。
「置き場所だって困りますから……」
今まで贈られた物のように、仕舞っておけるような物ならまだ良かったが、ギガイの身長も凌ぐようなサイズだ。
「どういうことだ? 寝室に置けば良いだろう?」
レフラの答えに、不可解そうに聞き返したギガイへ、レフラは困ったように眉を寄せた。
確かに御饌の宮の寝室は、ほとんど物がない大きな部屋だった。常設されているのは寝台に脇机、お茶を楽しむ程度の机と椅子。あの広い部屋に対して、せいぜいそんな物しかない。
そんな中に、この水時計を置いたとしても、全く邪魔にはならないだろう。でもあの宮は、日々ギガイも過ごしているのだ。
(奥の間のギガイ様のお部屋だって、ほとんどムダな物はなかったですから)
本当ならギガイは、必要のない物をあれこれ置くのは、好まないのかもしれない。それでもレフラのために色々我慢してくれる主なのだ。
「ただでさえ、私のために植物で溢れかえっているんです。これ以上、ご迷惑はかけられません……」
ちょっと申し訳ない気持ちになって、自然とレフラの言葉尻が小さくなる。
「私が良い、と言っているのに、誰の迷惑になるんだ? それに、あの宮はお前のための場所だ。お前の好きな物で満たせば良い」
「……」
「難しく考えるな、お前が欲しいかどうかだ?」
ギガイにはレフラの答えはもう分かっているようだった。それでも、いつものように、買い与えようとしないのは、レフラ自身に言葉にさせたいからかもしれない。
「そろそろ、求めることにも慣れていけ」
ギガイが促すように、頬を指の背でトントンと叩いてくる。その指を、レフラはギュッと握り締めた。その状態で、レフラはムダに口をハクハクしてしまう。
ここまで言って貰えていて、しかも、受け入れてくれることが、分かりきった状況だった。
「……買って、欲しいです……」
それなのに、たったこれだけの言葉を伝えるだけで、レフラの喉は緊張で、だいぶカラカラになっていた。
「あぁ、分かった」
フッと笑ったギガイが、レフラの頭をひと撫でする。
レフラは自分から1度も何かを買って欲しい、と強請った事がない。
(本当に、買ってもらって良かったんでしょうか……)
大きな掌の下で、今さらながらレフラは、初めて自分から強請った物を見直した。
幾つも絡まり合うガラスの筒と、その中を移動する液体の美しさに、ずっと目を奪われて、細部に気が付いていなかった。改めて全体を見直せば、ガラスを支える金属もだいぶ繊細な模様が彫られている。
規模や仕組みを考えても、ただでさえ高価な物なはずなのに、ここまで手が掛けられた品なのだ。いったい幾らするのか、レフラには見当もつかなかった。
「あのギガイ様……」
気後れをしたレフラが、やっぱり……と、撤回を試みる。
「ん?」
だけど視線だけでどうした? と尋ねるギガイの眼差しの柔らかさに、レフラは何も言えなくなった。
「ちょっと待っていろ」
その間に、ギガイが店の者を呼びつけてしまう。
「これを1つ手配しろ」
そして、あっという間に注文から、契約書のサインまで行ってしまっていた。
「液体のお色を変える事もできますが、変更されますか?」
一通りの書類をリュクトワスを介しながら、店の者がギガイとやり取りをした直後のことだった。そのせいで、最後の要望の確認を、誰へ行えば良いのか悩んだのかもしれない。対応していた男が、視線をリュクトワス、ギガイ、そして一瞬だけレフラの方へ彷徨わせた。
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