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第117 衆人の中 1
「次はどこに行くんですか?」
「ここから、向こうまでの通りの露店を視察する」
「えっ!? 移動ではなくて、ここが視察先なんですか?」
思わず明るく跳ねた声に、ギガイがイヤそうな表情を向けてきた。
「……お前は少しは控える気はないのか」
「だって、今日だけなんです! それとも、明日も降ろして下さいますか?」
「ダメだ」
ギガイからの即答に、レフラがベールの下で、むぅ、と膨れた。
レフラとしても、ギガイの言いたいことが、分からない訳じゃないのだ。だけど、今日を逃せば、もうこんな機会はそうそう巡って来ない。
誰かが自分の為に、色々な物を選んでくれることも、もちろん嬉しい。だけどレフラの為に選ばれた物は、どれも特別な物なのだ。
レフラとしては、出来ることなら、そんな特別な物だけじゃなくて、何でもない物でも手に取ってみたかった。
「じゃあ、やっぱり降りたいです」
「この通りの視察中は、ずっとという事か?」
「はい」
「移動中でなければ、良いって仰ってました」
「移動と殆ど変わらないだろう」
ブツブツと文句を言いながらも、ギガイがレフラを降ろしてくれた。言い出す事を見越していたのかもしれない。もう少し難航すると思っていただけに、アッサリと認めてくれたギガイへレフラが目を瞬いた。
3人もこの状況に、慣れてきたのか、すぐにレフラを囲んでくる。
「離れるのは、7つ隣りまでだ。それ以上は、アイツらに守らせた範囲を超えてしまうからな」
ギガイの指差した先には、近衛隊の武官達が囲む壁が存在していた。
それだけでも十分だ、とレフラは素直に頷いた。
「それでは、どこに向かいますか?」
「露店の視察は、一箇所にあまり時間を割かないので、すべてを見ることは難しいと思います」
「レフラ様が気になる店舗を、主に見ましょう」
「そうなんですか……」
でもどこにしようか、決めるにも、すべてが気になっているのだ。早く決めなくちゃいけないのに、焦る気持ちで、なかなか決めきれなくなってしまう。
慌ててキョロキョロとそれぞれの店を見比べれば、目の端にチラッと入った赤い物に、レフラの動きがフッと止まった。
「レフラ様、決まりましたか?」
「あっ、はい。あのお店を見てきたいです」
「じゃあ、向かいましょう」
そう言っている間に、すでに1つ目の店の視察を終えてしまったのか、次の店とやり取りが始まっているようだった。
「急ぎましょうか?」
「はい!」
パタパタと急ぎ足で向かうレフラに反して、3人は大股に歩く程度で、特に急いでいる様子はない。
「……何だか、複雑です……」
「何がですか?」
あまりの歩幅の違いから、レフラは埋め切れない種族の差など、色々なことを感じてしまった。だけど、こればかりは言ったところで仕方がない。
「……日頃はギガイ様も皆様も、私に合わせてくれていたんだな……と痛感しただけです……」
取り合えず、無難な事だけを告げておく。
「あとは、ギガイ様の視察に、歩いてついていくのは、ムリだと分かりました……足の長さが違い過ぎます……私の足が短い訳じゃないのに……」
レフラの最後の言葉に、リランが苦笑を浮かべて、エルフィルなんかはクククッとおかしそうに笑っていた。
レフラが小走りのまま、そんな2人をジトッと見上げるそばで、ラクーシュがニカッと笑顔を見せる。
「大丈夫ですよ、レフラ様! 好き嫌いなくちゃんと食べていたら、しっかり大きくなれますよ」
「ラクーシュ様……それは、ちょっとムリがあるかと……さすがに、これ以上は大きく成れないです……」
きっと悪意なく、励ますつもりで言ったのだろう。
「お前は、たびたび、たびたび、本当にバカだな!」
リランの手が、今日もまたラクーシュの頭を叩いていた。
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