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第116 琥珀の刻 8

「水時計って、時間の流れが見えているみたいなので、それがこのお色だと素敵だな、って思ったんです」 「なるほど……。レフラ様がお幸せそうで良かったです」 「えっ?」 「暖かで、ゆったりとした時間を感じられている、という事なのでしょう」 だいぶ赤裸々な告白だったのだ。でも、当の本人は気が付いていなかったのか、リュクトワスの指摘に、一瞬で恥ずかしさが跳ね上がったようだった。 「あっ、いえ、違うんです! あっ、違わないんですが、そうじゃなくて! そういうことでは、なくて!」 恥ずかしさに動揺して、支離滅裂な言葉の後に、レフラが頭を抱えるようにして蹲ってしまう。 リュクトワスとしては、決してからかう気持ちがあったわけではない。今までギガイの寵愛を望んだ者達なら、むしろリュクトワスのその言葉に、誇らしそうにしたはずなのだ。 あまりに素朴で、素直すぎる反応に、リュクトワスが目を瞬いて、口許を思わず緩めてしまう。 「困らせるつもりは、なかったのですが、失礼致しました。御饌様の安寧は、黒族の安寧に繋がりますから、安心したという事です」 リュクトワスが膝を付いて、レフラへ手を差し伸べる。そのまま、おずおずと重なったレフラの手を、そっと握って立ち上がらせた時だった。 「何をしている」 レフラの身体が掬い上げられ、目の前には冷え冷えとした表情のギガイがレフラを抱えて立っていた。鋭く睨めつける眼光は、きっと普通の者ならそれだけで萎縮してしまう。 だが、ギガイが族長になる前から、ずっと側近として仕え続けているのだ。リュクトワスは、そんなギガイの微妙なさじ加減を心得ている。 「レフラ様が、どれだけギガイ様をお慕いしているのか、窺っていたところでございます」 常々ギガイから、食えない笑みだと言われる笑顔を、ギガイへ向ける。 「リュ、リュクトワス様!!」 何てことを言い出すのか、と慌てて止めようとしているのかもしれない。ギガイの腕の中で、リュクトワスに向かって手を伸ばすレフラに、ギガイが眉を潜めていた。 「ぜひ、宮に戻られた際にでも、琥珀のお色を選ばれた理由を確認されてください」 「リュクトワス様!」 咎めるような響きを含んだその呼び掛けに、リュクトワスが今度はレフラへ頭を下げた。 「失礼致しました。レフラ様に本格的に嫌われてしまう前に、私は控えさせて頂きます」 リュクトワスがもう1度ニコッと笑みを浮かべて、2人のそばからスッと下がる。2、3歩程度下がっただけの立ち位置だが、2人の意識の中ではハッキリとした線引きになったようだった。 「何か理由があるのか?」 リュクトワスを早々に意識から除外した様子だった。 レフラの頬を指先で突いて、自分の方へ向くようにギガイが促している。 「み、宮に……」 「うん?」 「宮に帰ってから、お話しします……」 恥ずかしそうに視線をそらしていたレフラが、ギガイの顔をチラッと見て、そのまま首筋に顔を埋めてしまう。 「ーーーーー」 「なら、後から楽しみにしてよう」 レフラの言葉はリュクトワスには聞こえなかった。だが、レフラを見つめていたギガイの目が、一瞬だけ見開かれて、そんまま柔らかく細まっていく。 (なるほど、この色か) わずかな瞬間挿し込んだ光が、主の目を金色染みて見せたようだった。

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