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第120 衆人の中 4
「お前達に誇りはないのか? あるなら、その約定に縋るのはなぜだ? 俺はずっと、こんな約定に縋らずに、自分達の力で一族を守るべきだと、言っているはずだ」
「お前はそう言うが、よく考えろ……万が一にでも、他部族があの地を襲ったとして、俺達のように戦える者が、どれぐらいあの村にはいる?」
跳び族はもともと戦闘部族ではない。むしろ、農耕部族の方なのだ。
「だから、諦めろと、お前も長老達のように言うのか? そうやって、留まろうとする事が腰抜けだと言うんだ!」
「イシュカ!」
温和で、日々イシュカの良き相棒であるシャガトだった。それでも、この言葉は看過できなかったのか、大きな声で咎めてくる。
そんな2人に食堂にいた、周りの人々の視線が集まった。
「……ちょっと出てくる」
「あぁ……先に部屋に戻っておく」
気まずい雰囲気で、2人が席を立つ。このまま話しをしても、きっと平行線のままになる。互いにそれを分かっているからこそ、一旦冷静になる必要があった。
この先に、イシュカは父の後を継いで、跳び族の族長として一族を背負うのだ。その時に、この相棒は共に一族を支える力になる。
だからこそ、イシュカはシャガトに、考えを理解して欲しかった。
(今のままではダメなんだ。だけど、どうすれば、この状況を変えられる?)
焦りが苛立ちを生んでくる。まだ若すぎて、熱量だけが空回りする未熟な精神は、そんな中で付け入る隙を生んでいた。
だけど、シャガトから離れたイシュカは、1人だった。その隙を気付かせてくれる相棒もなく、思考も冷静さを欠いていた。
「一族の誇りを守りたい。そのお気持ち、痛いほど分かりますわ」
喧騒を遠くにした静かな夜道に、艶やかな声がイシュカへ届いた。フワッと漂う、官能的な匂い。一瞬だけ、クラッとした酩酊感に、イシュカは脚を踏ん張った。
「誰だ?」
「初めまして、次期跳び族の長、イシュカ様。ナネッテと申します」
なぜ自分を知っている?
そう尋ねようとした矢先だった。
覚えのある艶麗な容姿に、イシュカは眼を見開いた。
「貴方は……白族の族長、ナネッテ様……」
イシュカのその呼び掛けに、一瞬だけ悲しげな表情を浮かべたナネッテが「ふぅ……」と息を吐き出した。
「申し訳ございません。正確には、白族の ”元” 族長のナネッテでございます……」
「……それは、どういう事ですか?」
白族の代替わりの話しは一切聞いていない。白族の内紛の噂もなく、目の前に立つナネッテは、至って健やかそうで、交代が必要だとも思えなかった。
「ギガイ様からの命でございます」
「なぜ、ギガイ様が白族の内政へ、介入されているのですか?」
カッと、イシュカの腹の中が、熱くなる。弱肉強食の理の中で、最強とされる黒族へ追従するのが当たり前だった。それでも隷属ではない以上、そこまで口を出す権利はないはずなのだ。
ギリギリと歯噛みするイシュカに、ナネッテが「違うのです」と小さく首を振っていた。
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