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第132 陰る幸せ 4

「美味しいですか?」 「あぁ。ほら、お前も食べてみろ」 ギガイの指が1つ摘まんで、レフラの口元へ差し出した。口を開けて、食べさせてもらった実に歯を立てる。途端に広がる酸味と甘みに、レフラは驚いて口元に手を当てた。 「甘いですね」 リランの指導が良かったのか、味がだいぶしっかりしている。マトゥルは水遣りのバランスが悪いと、水っぽい味になると聞いていた。マトゥルが糖度が高い野菜だとはいっても、ここまで甘くなるとは思わなかった。 「そうだな。ここまで甘味が強いマトゥルは、滅多にない。美味いな」 欲しかった言葉を貰えて、お腹の奥辺りが暖かくなっていく。少しふわふわした気持ちのまま、レフラも籠から実を1つ摘まみ上げた。 「ギガイ様も、もっと食べて下さい」 ギガイがしてくれたのと同じように、摘まんだマトゥルの実をギガイの口元に差し出せば、躊躇うことなく、ギガイがレフラへ口を開ける。そんなギガイの反応が、レフラには可愛くて仕方がなかった。 思わず笑ってしまいそうになって、慌てて口を引き締める。だけど目敏いギガイ相手にはムダだったようだ。歪んだ口元に気が付いたギガイが、実を咀嚼しながら、レフラの頬をツンツンと突いた。 「おい、何を笑っている?」 片眉を上げて、何だ? と確認するギガイへ「何でもないです」と首を振る。でも、もう1度差し出した実に、また口を開いた姿を見れば、もうダメだった。 「プッ、ククッ……クククッ……」 「だから、なんだ」 「だっ、て、ギガイ様が……」 「私が何だ?」 「口を、カパッ、って開ける……から、か、かわい、くて……」 もう、決壊したように、アハハッと笑いが零れて、涙だって滲んでしまった。 「可愛い……私がか……」 レフラの言葉に唖然としている姿も新鮮で、また一層笑いが込み上げる。 見慣れない姿が、おかしくて、可愛くて、愛おしくて。 「私を子ども扱いするのは、お前ぐらいだな」 目が合ったギガイの表情が『まったく』と言いたげな、苦笑に切り替わる。そのまま伸びてきた指が、レフラの眦に溜まった涙を拭っていった。 「ちがい、ます。子ども扱いを、したんじゃない、ですよ……」 笑いすぎて息も絶え絶えな状態でギガイの言葉を否定して、もう1つ実を差し出した。 「子ども扱い、じゃなくて、恋人扱い、ですよ」 さすがにこれ以上は、マズイことになりそうだ。少し感じる照れを堪えて、ギガイの機嫌を伺うように、レフラはコテッと小首を傾げた。 「なるほど、子どもではなく、恋人な」 「はい……あっ、でも、輿入れ済みなので、夫扱い、ですか……?」 変なところで引っかかって、レフラがあれ? と悩んだ瞬間だった。 差し出したままだった指を、ギガイがギュッと握り返して顔を寄せる。指先丸ごと咥えた唇で、実を受け取り、そのまま舌を指に這わせてきた。慌てて引き戻そうにも、ギガイの手にがっちりと捕まえられた手は、レフラの自由にはならなかった。 「確かに、子ども相手とは、こんな事はできないからな」 何度か、指の股まで舌を這わされ、擽られて。唇で吸われて、ようやく解放された頃には、指が少しふやけていた。 「もう、ギガイ様!」 「なんだ?」 一向に悪びれる様子がないまま、口角を上げて|太々《ふてぶて》しく笑うギガイに、レフラはむぅと膨れた。 「……ギガイ様の、スケベ……」 「……ほぅ、なら期待に応えるとするか」 ギガイの笑みが不穏な物に切り替わっていく。慌てて膝から降りようとするも、黒族長であるギガイの動きに敵うはずがない。呆気なく捕らえられて、ギガイの顔が近付いてくる。 キュッと目を瞑ったレフラの唇に、ギガイの唇が触れるかどうかのタイミングだった。

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