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第133 陰る幸せ 5

コンコンーーーー。 突然聞こえたノックの音に、ギガイが動きを止めて舌打ちをした。 扉の外から聞こえる、所属と名前を名乗る声に、助かったとでも思ったのか、レフラの顔があからさまにホッとしたところ。 「跳び族のイシュカ様が、急ぎの謁見を希望して参っておりますため、ご判断をお伺いに上がりました」 聞こえた内容に、今度は不安げに強張っていく。 そんなレフラの様子に、ギガイもタイミングが悪いと、眉根を寄せた。 日頃多忙を極めるギガイなのだ。 謁見を希望したとして、おいそれと会えるものではない。 通常なら書面で先に打診をして、リュクトワスによって精査が入り、ある程度の日程の調整の後にギガイへ初めて伝えられる。 そういったプロセスを全て抜いた状態で、突然の謁見の申し出など不敬でしかなく、通常は申し出を受けた臣下から上がってくる事さえない。ギガイへ報告に来る者達が中堅クラス以上の者である事を考えれば、それをこの臣下も知っているはずなのだ。 それなのに、なぜ。 御饌の約定を考えれば、黒族の助力を請うような事態が発生した可能性が考えられる。だが、各部族の動向は常に注意は払っていた。部族内の細かい小競り合いなどは常にあっても、部族間での争いに至りそうな状況はなかったはずだ。 部族間の争いは侵略行為に成りやすく、力のバランスが崩れかねない。そのため、ギガイもだいぶ目を光らせていた。 そうでなければ、力が全てのこの世界で、絶え間なく紛争が発生してしまうはずなのだ。 (他部族に動きがあった様子はない……。となれば、跳び族の内乱か?) そのための急ぎの謁見の可能性を考える。 本来なら、レフラがそばに居る時に受けたい報告ではなかった。 だが、護衛の3人が居ないため、宮に戻す事も難しかった。 「内容は?」 「族長の代替わりのご挨拶と、御饌の約定の件との事です。レフラ様にも関わることのため、早めの謁見をお願いしたいとの事です」 レフラの名前にピクッとギガイが反応をした。恐らくこの臣下も、ギガイの寵妃に関わること、と言われたため、判断に迷ってのことなのだろう。 「中の間の謁見の間に通しておけ」 ギガイが扉の外へ向かって、指示を出す。 「ギガイ様、お願いです。私も立ち会わせて下さい」 「ダメだ」 ギガイが執務机の上に置いていた鈴を鳴らす。 それが退席させた彼らを呼び戻すための鈴だと、レフラは分かっていた。このままでは、戻った3人に宮へ連れ戻されてしまう。 「お願いです! だって父はまだまだ健在で、代替わりを必要とするはずがなかったんです。跳び族でなにかが起きてます!」 「お前はもう私へ嫁いだ身だ。そんなことは気にしなくても良い」 「だって、私に関わる事だと言っていました!」 「それでもだ」 「私自身の事なのに、どうして知ることさえ許されないんですか!? お願いです、こうやって私の人生から、私をのけ者にしないで! ……お願いです……」 レフラがそばに居る時に、報告を受けた事は失敗だった。いや、そもそもあの宮から、やはり出すべきではなかったのかもしれない。だが、祭りが終わり、再び限られた空間で寂しくすごす中で、何も言わないレフラの表情は日に日に陰っていったのだ。そんなレフラを、そのまま放置する事も正しかったとは思えなかった。

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