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第140 かわされた言葉 1
身体がわずかに揺れた気がした。
その直後に感じた温もりが、しっかりとレフラの身体を包んでくる。
「ほぅ……」
まだ夢の中なのか、それとも目覚め初めているのか。レフラは分からないまま、安堵の溜息を思わず漏らした。
口から零れた吐息と一緒に、レフラの意識が浮上していく。何となく感じていた光が陰ったような気がしながらも、それでも変わらない景色に、レフラは自分が目を閉じたままだと、気が付いた。
「……う、ぅ……ん……?」
ここはどこで、今は何時頃なんだろう。
「気持ちが悪かったり、どこか、痛いところはあるか?」
(あれ? もう夜になってしまったんでしょうか?)
暖かい温もりは思った通り、ギガイの太い腕だった。寝台の上で身体を起こしたギガイが、レフラの身体を抱え上げて、心配そうに顔を覗き込んでいた。
(いつの間に、ギガイ様も戻ってきたんでしょう……?)
思い出そうとしても、ギガイが戻ってきたタイミングも、直前まで自分が何をしていたのかも、眠気が勝っているのか、上手く思い出せなかった。
「平気なら、スープだけでも摂らせたいのだが、食べられそうか?」
(スープ? スープがいったい、どうしたんでしょうか……?)
ぼんやりとギガイの顔を見上げれば、顔にかかる髪の毛をギガイの指が払いのける。その手を何となく捕まえて、スルッと掌に頬を寄せた。
暖かい大きな手が、レフラの頬を包んでくる。
少し荒れた指先が、レフラの眦を何度も優しくなぞっていた。
「……泣かずに居たんだな……それとも、1人では泣けなかったのか……?」
何のことを言っているんだろう。ボンヤリとしたままの頭では、やっぱり分からない。
でも、何か悲しいことが、あったはずだった。
辛くて、不安で。
ギガイに聞いて欲しくて、ずっと待っていたような気がするのに、思考がなかなかまとまらない。
「……ギガ、イさま……」
それでも夢の残滓のように燻った悲しさに、自然と目の奥が熱くなる。
「……大丈夫だ……お前は何も気にしないで良い。お前は今まで通り過ごしていろ」
抱き寄せられた胸に顔を埋めようとして、それでも抗うようにレフラは首を振った。
「ダメ……だって、きいてほしいことが、あったんです……」
そう言って身体をギガイの方から引き起こす。
「今日はだいぶ疲れているだろう。話しなら明日聞いてやる。食事を摂れそうにないなら、もう眠ってしまえ」
「いや、です。だって、それじゃぁ……間に合わなく、なります……」
そうだ、確か何かがあって、そのことでとても急いでいて。だけど自分じゃどうしようもなくて、ひどく焦っていたはずなのだ。
「……だいぶ、意識が戻っているな……」
「えっ……?」
「ほら、こっちを向け」
掬い上げた顔にギガイの顔が重なって、合わせられた唇から水と、小さな何かが入り込んだ。
これが何かは分からなかった。でも、さっきも飲んだ覚えがあった。
誰かに……あぁ、そうだ。医癒官に手渡された薬だった。それを、自分で飲んだはずだった。
(あの時の医癒官は、気持ちを落ち着ける薬だと言っていたのに)
だけど、その直後から、急に頭がボンヤリとして、その後のことを何も覚えていないのだ。
「ふぅ、ん、んんーーーーっ!」
イヤだ、と抵抗をしようとするのに、ギガイの肉厚の舌が喉奥の方へと押しやって、口を解放してくれなかった。
行き場のない水と薬から逃れるように、レフラの喉が力尽きてそれを嚥下する。
「……ひど、い……どうして、こんなもの、のみたくない、のに……」
「お前は疲れている、と言っただろう。医癒官の診断だ。今日はまず、身体を休ませろ」
レフラの背中をさする手は、温かくて優しいのに。
イヤだ、と抵抗するレフラの身体を何でもないように抱きしめる腕は、少しも緩まる様子はなかった。
「やだ……ぎが、いさま……やだ……おはなしを、させて……」
それなのに、また頭に霞がかかっていく。
温もりだけが変わらないまま、レフラの意識はまた消えていった。
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