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第167 深淵を覗いて 5

公開の場での処刑だった。 ギガイの許しを得たレフラは、ギガイの傍に設けられた席に腰掛けて、終わったばかりの壇上を真っ直ぐに見ていた。 傷になる、と当初反対していたリラン達なのだ。レフラの護衛として背後に並ぶいつもの3人は、今もレフラを心配しているのだろう。 そんな中、陽光はいつもと変わらず穏やかに、この主要地の中心となる広場に差し込んでいる。光を受けて白く輝く建物と、整備された石畳。そこに作られた、簡易的な処刑台。その上で赤い血を流して息絶えた、イシュカ達複数名の遺体を見つめながら、レフラは強く手を握り締めた。 「今回の、跳び族、緋族、白族の叛賊の末路を覚えておけ。これが、私の名で交わした約定を、軽んじた者の行く末だ」 転がる遺体を前にして、立ち上がったギガイが、周りを見回していく。 ギガイによる情報の操作で、すでに偽族長であったイシュカを主体に緋族と白族の一部とした、跳び族の内乱があった事は広がっている。そして、跳び族の正式な族長より、約定に基づいた援護要請があった為、その討伐を行った。それが表へ向けた筋書きだった。 「どのような約定においても、同じだと心得ておけ」 それ以上の言葉はなく、周りを一瞥したギガイが、レフラの手を取り立ち上がらせる。冷たく言い放たれた言葉とは裏腹に、レフラの手を取るギガイの手は、温かく癒すように包み込んでいた。 「ギガイ様、ありがとうございました」 人払いがされているのか、誰もいない場所まで来て、ギガイがレフラの身体を抱え上げた。その首に腕を回して、ギュッと力強くしがみ付く。 「非情だと、思わないのか……?」 その身体を抱き締め返しながら、ギガイが聞いてきた。 それは、イシュカを処刑したことに対してか。 それとも、兄弟を殺された痛みを抱えたレフラの前で、あのように言い放ったことなのか。それとも、あの発言の中身そのものか。どちらを指しているのか、分からなかったが。 「……ギガイ様が非情だとは、思いません……むしろ、感謝をしています……」 「感謝、なのか?」 「はい……。本来、跳び族からの一方的な約定の破棄なんて、黒族が侮られかねないことです。それを、内乱として処理し、イシュカ達の命で手打ちとして頂けました」 それがどれだけ寛大な処置なのか、レフラには十分分かっている。 「イシュカの最後の願いへ耳を傾けて頂けたことも、嬉しかった……それにさっきの宣言にしても、跳び族を護るための言葉だと分かっています……」 ムニフェルムの花が知られてしまった以上、今後あの地はきっと狙われてしまうだろう。だからこそ、こうやって、黒族の庇護下にあることを、知らしめてもらえたことは、他の部族への牽制となったはずなのだ。 「だから、今だけは跳び族のレフラとして、お礼を言わせて下さい」 御饌として嫁いだ時から、黒族の民と同じなのだと言われてはいる。それでも今だけは、自分の故郷や同胞を、護ってくれたことを、ギガイへ感謝したかった。 「本当に、ありがとうございます」 レフラは感謝の気持ちのままに、もう一度、抱きついた腕に力を込めた。 「……それならば、ムリに取り繕うな」 「…………」 「今だけは私の御饌ではなく、跳び族のレフラだと言うのなら、それはそれで認めてやる。だから、亡くした兄弟のために、今だけは素直に泣いておけ」 「…………ギガイ様……」 身体を起こして、ギガイへ向き直れば、ギガイの目が真っ直ぐにレフラの方へ向けられていた。 「罪を犯した者を、悼むことは難しくなる。だが、お前はアイツが嫌いではなかったのだろう。それなら、今だけは、死んだ兄弟を思い泣いておけ」 「ギガイ、様…………」 取り返しがつかない過ちを、犯した者だった。きっとイシュカを恨む村人も多いだろう。それでも家族として、捨てきれない想いがあるのなら。泣いても良いと、哀れむわけでもなく、ただ優しく告げてくる、ギガイの声音に声が詰まった。 「どうせ、ここには私しかおらん」 「ギ、ガイ、さま……」 意味もなく、縋るようにギガイの名前を呼んでしまう。その背中をギガイの手が、何も言わずに擦っていた。 「ギガイさま……ギ、ガイ、さま……イシュ、カが……ふっ、うぅ、イシュカ、が……イシュ、カ、イシュカ……うぅ……」 零れだした涙が止まらなかった。もうこの世にいない異母兄弟を思えば、あまりに悲しかった。 嫌われていると知っていた。でも嫌うことは出来なかった。 かつて、共に一族を護っていくのだと、思っていた弟だった。 レフラはギガイに縋り付きながら、声を上げて泣き続けた。

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