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 朝、八時五十分。春のうららかな日差しに眠気を誘われながら、俺はゆったりと大学の校舎内を歩いていた。二年生にもなれば授業が少なくなると聞いていたのに、全然だ。毎朝一コマ目が入っているではないか。そんな不満も欠伸と一緒に噛み殺して、授業が行われる教室を確認すべく掲示板のある学生ホールへ向かう。ホールは学生で満ちていた。小さな工業大学ゆえその大半は男だが、デザイン科があるため、ぽつりぽつりと女子が存在する。  音漏れを気にして音楽プレイヤーの音量を絞る。途端に、周囲のざわめきが耳に飛び込んできた。  「ねえ、あの人めっちゃかっこよくない?」 「あのイヤホンの人? 分かるー、超やばい」  女の子の黄色い声。その目線の先に俺がいることは、見なくても分かっていた。――なんて言うと、どんだけ自意識過剰なんだコノヤロウと言われそうだが。 「あんな人うちの大学にいたんだ」 「え、知らないの? 有名な人だよ」  ああ、有名だろう。俺は『大学一のイケメン』らしいから。俺がライトノベル作家なら、俺という登場人物をきっとこう描写する。  きりっと涼しい目元にすっと通った鼻梁、きゅっと持ち上がった口角、自然にふわりと流れるブラウンの髪。百八十に届こうかという長身に、すらりと伸びた手足。まるで漫画の世界から飛び出してきたかのような、完璧なパーツが完璧なバランスで配置された容姿に思わず感嘆の息が洩れる。朝の日差しにくったりと細められた目は物憂げに人込みを見据えていた……――。  アシンメトリーにふわりと流れる髪は実はただの天パである、というところ以外は盛っていない。我ながらどこの二次元だと突っ込みたくなる。 「まじ超イケメン」 「背高いし顔ちっちゃあい、やばあい」 「ね、話しかけてみよっか」 「ええ、ミホちゃん勇気ありすぎー」 「あの、何科の人ですかー?」  うわ。本当に話しかけてきたよ! ミホちゃん積極的すぎだろう。  イヤホンを片耳だけ外して振り返れば、いかにも女子大生といった感じの、ふわふわ~な頭にふわふわ~なお洋服を着た女の子が俺を見上げていた。 「えっと、工学科だけど」 「あたしデザイン科の二年なんですけど、何年生ですか?」 「に、二年」 「きゃあ! 同い年」  リアルに『きゃあ』とおっしゃる女子をはじめて拝見いたしました。ちょっとクラッときた。ダメだ、押されるな俺! 「あの、何の授業探してるんですか? あたし小さいから前のほう潜っていって、見てきましょうか?」 「いやいいよ、そんな……」 「おーっす周藤(すどう)!」  冷や汗をダラダラとかきながら必死に応対していると、天の助けが背後からやってきた。ガシィ、と肩に腕を回されて後ろを振り返れば、同じ科の、ええと、確か、山田くんだった。茶髪でチャラッとしていて、こちらはいかにも男子大学生といった風貌の御方だ。 「おや、こちらの女の子はー?」 「デザイン科の河村っていいます! 周藤さんってゆうんですかぁ?」  ああ、計算してるって分かってるんだけどさ。この舌ったらずなしゃべり方かわいいよね、うん。 「あー……周藤狙い? 確かにこいつ、ありえないほどイケメンだしね」 「ですよね! すっごいカッコよくてー、思わず声かけちゃいましたー」  ミホちゃんよ。山田くん(推定)の苦笑いに気づいてくれ。 「でもこいつはやめといたほうがいいよ」 「ええ? どうしてですか!」  山田くん(仮)は俺の体をぐりんとミホちゃんのほうに向けさせると、しっかり着込んでいた赤チェックのジャケットの前を、盛大に広げた。それはもう、夜道に出現するコートの変態さんのように。  その瞬間の彼女の顔を、なんと表現すればいいのだろうか。目も口もぽかんと見開いて、……正直に言えば、カエルのような間の抜けた顔をしていた。  それもそのはず。ジャケットの下から現れたのは、お目目きゅるんきゅるん、カラフルな髪、ありえない巨乳にありえない細い手足の、超絶萌え系な女の子たち。俺の愛するヒロイン五人組のイラストが、Tシャツにばっちりとプリントされていたからな! 「え、え、えぇぇ? 嘘、あの、これって」 「そ! 周藤は超ッッ絶イケメンだけど、超ッッ絶オタクだからな!」 「いぃぃぃぃやぁぁぁぁぁ!」  夢を残酷なまでに砕かれた悲劇の女の子の声が、ホール中に木霊する。  ああ、慣れているとはいえ、むなしい……。

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